ホームに上がった僕の目には、成瀬さんの姿が映りこんできた。成瀬さんは一人でベンチに座り、本を読んでいる。夕日に照らされた成瀬さんは、いつも以上に美しく見えた。
 今日登校する前の僕は、成瀬さんに昨日のことを訊きたかったし、成瀬さんからも何か訊いてくるだろうと予想していた。しかし成瀬さんは学校でも、とくに僕のほうへ寄ってくるなんてことはしなかったから、昨日の出来事は気にしていないものだと思っていた。だから僕も、これ以上考えるのは時間の無駄なんじゃないかと思い始めていた。
 そんなことを考えていると、成瀬さんが僕の存在に気づいた。成瀬さんは読んでいた本を閉じ、僕の方へ視線を向けてきた。
 瞬時に、僕の中に緊張の糸が走る。
「あ、山野くんだ。テスト、お疲れ様」
 僕の思いとは裏腹に、なんとも拍子抜けた言葉を彼女は投げかけてきた。
 張りつめていた緊張の糸は、一瞬にして途切れた。
「成瀬さん…さんも、お疲れ」
 僕はなるべく表情を変えないように答える。
「帰るの遅いんだね。こんな時間まで、何してたの?」
「別に、何もしてないよ」
「ふーん。そうなんだ」
 僕の答えを聞いた成瀬さんは、どこか腑に落ちない様子だった。
「成瀬さんのほうこそ、何してたの?」
「私はね、これをキリのいいところまで読んでから、帰ろうと思って」
 そう言って彼女は嬉しそうに、手に持っていた本を僕に見せてきた。カバーがついていてタイトルは分からなかった。
 それから成瀬さんは僕に「座らないの?」と聞いてきたので、僕は成瀬さんが座っているベンチのひとつ奥にあるベンチに腰掛けた。
 どこか遠くから聞こえるカラスの鳴き声が、今日という日が終わるのを惜しむかのように響き渡っている。夕日は半分ほど沈んでいた。
 しばらくの沈黙の後、成瀬さんが口を開いた。
「今日のテスト、難しかったね」
「そうだね」
 僕は正面を見たまま答えた。
「私、今回はあんまり自信ないな」
「成瀬さんがそれを言うと、僕には皮肉に聞こえるよ」
「本当だよ。私、あんまり勉強しなかったもん」
「……そうかい」
 彼女が言うあんまりとは、多分僕にとっての全力に値するだろう。
「山野くんは、どうだった?」
「少なくとも、成瀬さんよりは悪いと思うから、安心してよ」
「あはは。山野くんはずいぶんと悲観的なんだね」
「僕はただ、自分の実力を理解してるだけだよ」
 再び沈黙の時間が訪れる。
 今度は、僕がこの沈黙を破った。
「一つ、質問してもいいかな」
 僕は成瀬さんを見て言った。
「うん、いいよ」
 成瀬さんも僕のほうを見て、質問を聞く体勢になった。
 僕は軽く深呼吸し、成瀬さんに問いかけた。