「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃーい」
 キッチンで洗い物をしていた母さんにあいさつを済ませ、僕は玄関を出た。ドアに鍵をかけたことを確認し、小走りで駅に向かった。いつも乗っている時間の電車を逃すと、僕は確実にテストの開始時間に間に合わなくなる。今日は朝からいろいろあって家を出るのがいつもよりも遅くなったので、僕は少しだけ焦っていた。
 しかし、そんな心配は杞憂だった。僕の足は自分の見込み以上に優れていたようで、時間に余裕をもって駅に着くことができた。
 僕は、走って少し上がった息を整えてから、ホームのベンチに腰掛けた。電車が来るまではまだ少し時間があったので、僕は背負っていたリュックサックから数学のノートを取り出し、勉強を始めた。昨日はテスト勉強を全くやってない、っていうか、いつ家に帰ったのかも、いつ寝たのかも全く覚えていないんだけど。そんなわけで、今のうちに公式の一つでも覚えとこうと思い、僕は必死にノートを見ていた。
 内心、無駄な抵抗だと思いながら。
 実際、僕のテストの出来具合は散々なものだった。あの後、僕は電車の中でもノートを見続けたのだが、何しろ春休みの間一度も勉強に手をつけてなかったものだから、通学中にノートを見たくらいで太刀打ちできるような問題ではなかった。そんなの、カッターナイフ一本で魔王を討伐しに行くようなものだ。
「結局、昨日の僕は何してたんだろ」
 テストが終わり、みんな帰宅した後の教室で僕は一人、窓の外を眺めながらテストができなかった自分自身への言い訳を考えていた。
教室の時計に目をやると、時刻は四時半を示している。テストは、通常授業の一限目が始まる時間から開始されて、昼休みを挟んで夕方までぶっ通しで行われていた。
空には鮮やかな夕焼け雲が、幻想的に広がっていた。
 今更考えても仕方ない言い訳会を終了し、暗くなる前に帰ろうと、昨日よりも少し重みの増したリュックサックを背負って、僕は教室を出た。
 校門を抜け、真っ赤な夕日に照らされながら、僕は駅を目指した。夕日はまだ、沈むのをためらっているように見えた。
 僕は駅に着き、改札を抜けてホームへの階段をのぼる。
 一瞬、ドキッとした。
 そこでは予期せぬ出会いが僕を待っていた。