「………お母、さん?」
 乾ききった喉から、僕は言葉を振り絞った。
 そこには、食堂の椅子に座り、窓から差し込む眩しい朝日に照らされながら朝食を食べている、母さんがいた。母さんの向かいの席には、もう一人分の朝食が用意されている。
「なに馬鹿なことしてんのよ、啓。早く朝ご飯、食べちゃいなさい」
 母さんはまるで頭のおかしい人を見ているかのような、そんな少し呆れた顔で、ハサミを片手に固まったままの僕を見ている。実際、誰が見ても今の僕は相当やばい奴として認識されるだろう。
だが、僕の格好なんて今はどうでもよかった。それほどまでに僕は……。
「なんで、母さんがここに………」
「あぁ、そのこと。立て込んでた仕事がいったん片付いてね」
母さんは嬉しそうに続ける。
「久しぶりに我が子の顔を見たいなぁなんて思って早起きしてたんだけど、まさかこんな反抗期に突入してたなんて、母さん、悲しいわ」
 言いながら、母さんは両手で自分の顔を覆って泣き真似を始めた。
 今の状況を理解しようと頭をフル回転させながらも、僕はハサミをポケットにしまい込んだ。だけどいくら考えても、今の状況を理解することは叶わない気がした。
 指の隙間から、ただ立ちつくしているだけの僕を覗いていた母さんは、泣き真似をやめて顔から手を離した。そして椅子から立ち上がって、真剣な面持ちで僕の所へ歩いてくる。
 僕の時間は再び止まり、歩いてくる母さんの目をただじっと見つめてる。
 母さんは僕の目の前で足を止め、右手を上げようとしている。その動作が僕を叩こうとしているように見えて、僕は思わず下を向いて目を閉じた。
 頭に、何かが優しくのせられる感触がした。僕は目を開ける。頭には、母さんの手がのっていた。その手を媒介として、母さんの優しさや温もりが、僕の体に流れてくるようだった。
 僕は再び母さんの目を見る。
「ほんとに久しぶりね。元気そうでよかったわ。長い間、一人にさせてごめんね。」
 部屋に差し込む朝日の光よりも眩しい笑顔で母さんが言ったその言葉は、僕の耳から体内へと侵入し、乾ききった僕の全身にしみわたっていった。その瞬間、いろいろと考えていた僕の頭は一気に真っ白になり、体中が潤いで満たされた。
「うん。母さんこそ、元気そうでよかった」
 体の内側からこみあげてくる何かを必死で抑え、僕も最大の笑顔で答えた。
 これが現実だ。今、この目に映っているものこそが、僕の現実なんだ。
やっぱりあれは夢だったんだ。そう思った。
「さ、早くご飯食べちゃいなさい。今日、テストあるんでしょ?」
「うん、。いただきます」
 母さんは僕の頭から手を離し、椅子に座りなおした。僕も母さんの向かいの席に座り、用意してあった目玉焼きと食パンを食べた。とてもおいしかった。