「その時に私はようやく理解したの。この人が反対してくるのは、私が賢くなかったからじゃなくて、単純に私のことが嫌いだからなんだって、嫌いだから同じ職業に就いてほしくないんだって。だからいい成績とっても褒めてくれないし、勉強したいって言っても塾へも行かせてくれない」
 やがて抑えきれなくなった思いが涙となって成瀬さんの足元へ零れ落ちる。 それと同時に成瀬さんはこぶしをぎゅっと握りしめた。
「……別に、私はお父さんに憧れて医者を目指してるわけじゃない。
 生きたいのに生きることができない人、大切な人を失って涙を流す人、そして………親を病気で失って悲しむ子供たち。そんな人たちを一人でもなくしたい。だから私は医者になるの。そしてあの人の病院で、一人でも多くの命を救って、あなたが否定した私の夢は、こんなに多くの人を救ったんだって……見せつけてやるの」
 その言葉には、嘘偽りのない成瀬さんの心の叫びが込められていた。
 思いを吐き出しきった成瀬さんからは、ただ涙があふれ出て、彼女の足元の砂浜に大雨を降らせている。その雨には悲しみだけじゃない、色々なものが含まれているような気がした。
 僕は、初めてこんな成瀬さんを見た。
 いつも笑顔で明るくて、一緒にいるとこっちまで元気が移ってきそうな、まるで太陽のような成瀬さん。悲しい顔や感動の涙はみせても、弱さだけは決して見せなかった。
 そんな彼女が今、僕の目の前で泣いている。
 彼女自身の中にあった、わだかまりに押しつぶされてしまいそうなほどに。
 だけど僕は、こんな成瀬さんの後ろ姿を見て
「……全然似てないじゃないか」
 漏れ出た本音が成瀬さんに届く前に僕は立ち上がり、成瀬さんの隣に並んだ。そして水平線を見つめながら、成瀬さんの降らす雨がやむのを静かに待った。
 やがて成瀬さんは泣き疲れたのか泣くのをやめ、砂浜の上に腰を下ろし、三角座りになって膝の間に顔をうずめた。
 僕も同じような体勢になり、顔だけは上げた状態で話を始めた。
「僕は、父さんのことが大嫌いだった」
 成瀬さんは何も反応を見せない。
「僕は自分が小学生の頃のことなんてあんまり覚えてないんだけど、これだけは、はっきりと覚えている」
 僕の声は、成瀬さんに届いてるだろうか。
「そんな父さんは、僕が小学生の時に交通事故で死んだ」
 成瀬さんの肩が少し動いた気がした。
「すぐに怒るし、勉強勉強うるさいし、休日はどこへも連れて行ってくれないし。だから、僕は父さんが嫌いだったし、父さんも僕のことが嫌いなんだと思ってた」
 成瀬さんはゆっくりと顔を上げ、カラカラになった目を僕に向けてきた。
 僕はそれを見て頷き、もう一度視線を正面にもどして話をつづけた。
「でも……それは違った」