成瀬さんに近づいていくと、波が届きそうにない場所に揃えられた靴とその中にしまわれた靴下が目に入ってきたので成瀬さんの足元を見ると、案の定裸足になっており、くるぶしの少し下ほどまでが海水に浸かっていた。
「海水って、ほんとにしょっぱいんだね」
「まさかとは思うけど、飲んだの?」
「飲んだよ?」
 なんでそんなこと訊くの?と言わんばかりに首をかしげて不思議そうにしている成瀬さんに対して、僕は若干の優越感を抱いてしまった。
 確かに、海に来たことがなかった成瀬さんにとっては理解しがたいことなのかもしれない。
 だから僕は成瀬さんに、海の実体を教えてあげることにした。
「海水って見た目はきれいだけど、実際は、工場なんかから流出されてくる汚染物資を含んでる排水のせいで、だいぶん汚れてるんだよ」
「それは知ってるけど、別に一口飲んだぐらいじゃ健康に害はないよ」
「…あ、知ってたんだ」
 なぜか一枚上をいかれた気分になった。
「あ、でも飲みすぎには注意だよ。海水の塩分にはマグネシウムが含まれてて、体質によっては下痢になる場合もあるから。だから山野くん、気を付けて飲んでね」
「……僕は飲まないよ」
 一枚ではなく三枚くらい上をいかれてしまった。これみよがしにマウントを取りにいった数秒前の自分が本当に恥ずかしい。
 成瀬さんはこんな僕の様子を見て少し微笑みながら、少し僕の方に近寄ってくる。
「ねぇ、山野くん」
「ん?」
「ちょっと歩こうか」
 そう言うと成瀬さんは裸足のまま濡れた砂の上に沿って歩き始めた。波が押し寄せるたびに成瀬さんの足は海水に覆われる。
 僕は靴を履いたまま、乾いた砂の上を成瀬さんと並行になるように歩き出した。
 歩き始めると、お互いに無言の状態が続いた。波が砂の上をすべる音と時折聞こえてくるトンビらしき鳥の鳴き声だけが僕たちの間に流れていた。
 やがて岩石の足場までくると砂浜が一瞬途切れたので、「もどろっか」とだけ成瀬さんが言うと、僕たちはUターンして元居た場所に引き返した。
 僕は一足先にリュックサックを置いていた流木に座っていると、右手に靴をもった成瀬さんが海の方から歩いてきて、僕の横に並んで腰掛けた。それから両足を浮かせてまとわりついた砂を手で払い落とそうとし始めたので、僕はリュックサックからタオルを取り出して成瀬さんに差し出した。
「よかったらこれ、使いなよ」