「山野くん」
 ようやく口を開いた成瀬さんは、正面を向いたまま歩いている。
 訊きたいことがありすぎて言葉を選んでいると、僕より先に成瀬さんが口を開いた。
「ごめんね、こんなところで降りちゃって」
 その言葉はすっと頭の中に浸透していき、オーバーヒートした僕の脳を冷やしてくれた。
 それから一度深く深呼吸をして冷静さを取り戻したあと、今僕が彼女にすべき質問をした。
「ほんとにここでよかったの?」
「うん」
 そもそも今日は、成瀬さんが海を見るということを目的としているので、彼女がここでいいなら……
「じゃあ、僕もここでいいよ」
「ありがとね、山野くん」
 相変わらず正面を向いている成瀬さんの表情は見えないけど、多分、笑っているだろう。
 そして道を抜け、砂浜へと足を踏み入れた僕たちの目の前に、電車から見えたあの光景が広がった。
「見て、山野くん! 海だよ!」
「ちゃんと見えてるよ」
 水面が光り輝くオーシャンブルーと足元できらめく白銀の砂浜、右手側にはそれらが山の麓に沿いながら、隠れては現れての繰り返しで遠くの方まで続いており、左手側には断崖絶壁の崖が僕たちを見下ろしている。
 さらに、砂浜からはいびつな形の岩石を積み上げて造られた足場のようなものが沖に向かってのびており、それらは一定の距離ごとに設置されていた。
 周囲に人影らしきものは一切見えず、まるでプライベートビーチに来た気分だ。
 ここらには建物などの遮蔽物が一切ないので、生ぬるい海風が直に肌を刺激し、塩でべたついてきたのが分かる。
 そんなこと気にする様子もなく、成瀬さんはまるで雪の中を跳びまわるウサギのように波打ち際へ駆け寄っていった。僕はそんな成瀬さんの背中を見ながら、砂を力強く後ろに蹴り上げて一歩ずつ着実に歩を進め、横たわっていた大きな流木の上に腰掛けて海を眺めた。
 波打ち際に立つ成瀬さんよりも奥の沖の方には小さく船が見え、さらにそのずっと向こう側にはうっすらと島のようなシルエットが見えている。
 こうして景色を堪能しながら、穏やかな波の音と心地いい晩夏の日差しに晒されていると自然と瞼が吊り下がってこようとする。こんなところで寝てはいけないという自制心はしっかりと働いているけど、どうしても立ち上がる気力がわいてこない。
「おーい、山野くんもこっちおいでよー」
 僕がそんな極限の戦いを繰り広げていた時に、波打ち際で成瀬さんが大きく手招きしながら僕を呼んできたので、その声の力を借りてようやく立ち上がることができた。
 背負っていたリュックサックを流木にもたれかけさせて、成瀬さんのいるところへ向けてゆっくりと前進しだした。その途中に貝殻の死骸が散乱しているところがあったので、僕はその上をパキパキと音をたてながら進んだ。