成瀬さんはヒドイ!と言いながら、照れくさそうに僕の右肩を小突いてくる。
こんな僕たちを腹の中に抱えながら、バスは山道を登って、下って、街並みの中を通り過ぎて、また豊かな自然の中を走っていく。
そうして約一時間の時が過ぎ、やっと僕たちが降りる停留所に到着した。
扉が開き久しぶりの地上に降り立つと、目の前には「都会」と呼ぶにふさわしい街並みが広がっていた。
大きなオフィスビルやデパートらしきものが場所を取り合うように建ち並び、交通量や見える人の数は、僕が経験したことのある「都会」よりも圧倒的に多い。自動車の排気ガスやエンジン音、クラクション、あらゆる方向から聞こえてくる人の話し声、そう言ったものすべてが、僕の知るものとは規模が異なるこの空間に僕は酔ってしまいそうになる。
「行こう」
一刻も早くこの空間から逃げ出したくて、僕たちは近くの駅に入って電車を待った。
ここから電車に乗って五駅進むと、今日の目的地である海岸につく。そこはけっこう有名な海水浴場で、毎年夏になると人であふれかえるので、その様子を取材しにテレビ局なんかも訪れるほどだ。僕もそこには行ったことがないけど、ニュースで流れている映像は目にしたことがあった。
ただ、僕たちがそこへに行くことを選んだのは別に有名なところだからではなく、単に一番近くて行きやすい場所だからだ。
「なんだか、違う世界に来ちゃったみたいだね」
バスを降りてから一度も口を開かなかった成瀬さんが、ホームで電車を待っている時にぽつりとつぶやいた。
「……そうだね」
ホームから街を見下ろしていると、澱んだ空気や真っ黒い喧騒が、ど真ん中で大きな渦を巻いているように見える。
携帯電話をいじりながら歩く人、友達と楽しそうに話す人、信号を待つ人、無視している人、腕時計を確認しながら走る人、車を運転する人……。
常にどこかで何かが動いて、音を出して、息をしている。
そしてそれらすべての要因が、この光景をつくりあげていた。
「ねぇ、山野くん」
「ん?」
「私が前にした宇宙人の話、覚えてる?」
悄然と目の前の光景をながめながら、小さな声で訪ねてくる。
「…覚えてるよ。成瀬さんは宇宙人を見たことがないから、それは存在していないことと同じっていう話だよね?」
「そう、そしてそれは時間にも同じことって仮説を立てたでしょ?」
「うん」
「それがたった今、立証されたよ」
「…どういうこと?」
成瀬さんは僕を見て、喜んでいるようにも悲しんでいるようにも捉えられる表情で口を開いた。
「だって、ここに流れてる時間は、私の中には存在してなかったから」
その言葉に反応するように、僕の中で何かが大きく脈打った。
久しぶりの感覚だったがそれはすぐに落ち着いた。
「…僕も、こんな都会に来たのは初めてだよ」
僕は成瀬さんが言いたいことを理解したうえで、あえて的外れな感想を言うと、成瀬さんもすぐにいつもの調子に戻った。
「私も、こんな都会に来たのは初めてだよ。人の数がすごいよねー」
「これを見ると僕たちの知る都会が、完全に『田舎の都会』だってことがよく分かるよ」
「あはは、言えてる」
そうしていると電車がやってきたので、それに乗り込んで五駅先の目的地を目指した。
こんな僕たちを腹の中に抱えながら、バスは山道を登って、下って、街並みの中を通り過ぎて、また豊かな自然の中を走っていく。
そうして約一時間の時が過ぎ、やっと僕たちが降りる停留所に到着した。
扉が開き久しぶりの地上に降り立つと、目の前には「都会」と呼ぶにふさわしい街並みが広がっていた。
大きなオフィスビルやデパートらしきものが場所を取り合うように建ち並び、交通量や見える人の数は、僕が経験したことのある「都会」よりも圧倒的に多い。自動車の排気ガスやエンジン音、クラクション、あらゆる方向から聞こえてくる人の話し声、そう言ったものすべてが、僕の知るものとは規模が異なるこの空間に僕は酔ってしまいそうになる。
「行こう」
一刻も早くこの空間から逃げ出したくて、僕たちは近くの駅に入って電車を待った。
ここから電車に乗って五駅進むと、今日の目的地である海岸につく。そこはけっこう有名な海水浴場で、毎年夏になると人であふれかえるので、その様子を取材しにテレビ局なんかも訪れるほどだ。僕もそこには行ったことがないけど、ニュースで流れている映像は目にしたことがあった。
ただ、僕たちがそこへに行くことを選んだのは別に有名なところだからではなく、単に一番近くて行きやすい場所だからだ。
「なんだか、違う世界に来ちゃったみたいだね」
バスを降りてから一度も口を開かなかった成瀬さんが、ホームで電車を待っている時にぽつりとつぶやいた。
「……そうだね」
ホームから街を見下ろしていると、澱んだ空気や真っ黒い喧騒が、ど真ん中で大きな渦を巻いているように見える。
携帯電話をいじりながら歩く人、友達と楽しそうに話す人、信号を待つ人、無視している人、腕時計を確認しながら走る人、車を運転する人……。
常にどこかで何かが動いて、音を出して、息をしている。
そしてそれらすべての要因が、この光景をつくりあげていた。
「ねぇ、山野くん」
「ん?」
「私が前にした宇宙人の話、覚えてる?」
悄然と目の前の光景をながめながら、小さな声で訪ねてくる。
「…覚えてるよ。成瀬さんは宇宙人を見たことがないから、それは存在していないことと同じっていう話だよね?」
「そう、そしてそれは時間にも同じことって仮説を立てたでしょ?」
「うん」
「それがたった今、立証されたよ」
「…どういうこと?」
成瀬さんは僕を見て、喜んでいるようにも悲しんでいるようにも捉えられる表情で口を開いた。
「だって、ここに流れてる時間は、私の中には存在してなかったから」
その言葉に反応するように、僕の中で何かが大きく脈打った。
久しぶりの感覚だったがそれはすぐに落ち着いた。
「…僕も、こんな都会に来たのは初めてだよ」
僕は成瀬さんが言いたいことを理解したうえで、あえて的外れな感想を言うと、成瀬さんもすぐにいつもの調子に戻った。
「私も、こんな都会に来たのは初めてだよ。人の数がすごいよねー」
「これを見ると僕たちの知る都会が、完全に『田舎の都会』だってことがよく分かるよ」
「あはは、言えてる」
そうしていると電車がやってきたので、それに乗り込んで五駅先の目的地を目指した。