僕がまだ小学生だった頃、「もし、明日死ぬって言われたら、何をする?」という正解がない問題について、道徳の授業で考えさせられた時のことを。
 あの頃の僕は、お金を使いまくるだとか好きなものを食べまくるだとか、好きな子に告白するだとか、とにかくくだらない考えばかりを思いついていた。
 今考えると本当にくだらないことばかり思いついていたなと、我ながらに幻滅する。
 ただそれでも、あの時の僕にはやりたいことややり残したくないことが、確かに存在していた。
 僕は、「明日」に希望をもっていた。
 なのに、いつからだろう。そんなものに期待することをやめたのは。
 毎日毎日、意味のないような同じ日々を繰り返し。朝起きた瞬間から今日の終わりが目に浮かんで、その道をたどるように一日という時間はあっという間に過ぎ去ってく。
 かといって何か行動してこんな日々を変えてやろう、という気にもならず、自分の行動に責任すらもてない僕は、ただただこの世界への不満を心の中でささやくだけ。
 後悔することからも逃げ出して、逃げて逃げて逃げ続けて、気づけば僕は死んでいく。
 じゃあ、僕がこの世界を生きることに何の意味があるんだろうか。
 僕は、本当にこの世界に必要な人間なんだろうか。
 僕は、生きていてもいいのだろうか。
 もし今、あの質問をされたとしたら僕はなんて答えるだろう。
 少し強くなった風が、木々を揺らし葉っぱがざわめいている。まるで僕のことをあざ笑うかのように。
 気がつくといつの間にか駅に着いていた。丁度、雨が降り始めた。
 僕は改札を抜けホームへ上がった。ここはとても小さな駅で、駅の北側には 線路沿いに続く交通量の乏しい道路と、僕たちの高校へとのびる緩い坂道が一本、南側には少しの住宅が建ち並ぶだけの、なんとも人気のない場所に位置していた。そのためこの駅を利用するのは、高校に通う生徒か駅周辺に暮らす人に限られている。
 いつもならホームに学生の姿がちらほらと見えるのだけど、今日は僕の下校時間が少し遅れていたこともあり、ホームには誰もいなかった。そこはまるで、客が一人もいない舞踏会のように暗くて寂しい場所だった。
 激しくなった雨が、ホームの屋根を激しく打つ音だけが鳴り響いている。
 等間隔に三つ並ぶ年季が入った木製ベンチの一つに腰掛け、僕は再び自分の内側に入り込んだ。
 その時ふと、黒くて小さな何かが頭の中に落とされた。透明な水にインクを垂らしたように、その黒い何かはじわじわと広がっていく。やがて、頭の中は黒に覆われた。
「まもなく、当駅を急行電車が通過します。危険ですので、白線の内側までお下がりください」
 駅の構内アナウンスが流れる。
 僕は、見えない何かに体を引っ張られるようにベンチから立ち上ちがった。