もう段々と夕暮れの時間帯が早くなってきて、日中の気温もだいぶん落ち着いている。夜には肌寒ささえ感じる日もあり、あんなにうるさかったセミの代わりにコオロギの声が聞こえ始めている。
「じゃあまた明日。寝坊は厳禁だからね!」
「うん、明日」
 今日も送迎を母に任せているという成瀬さんとは図書館の前で別れ、僕は自転車を進めた。
 三十メートルほどペダルを漕ぎ進めたところで、ふと気になって僕は図書館の方に顔を向けた。
「明日、楽しみにしてるからねー」
 そこには、笑顔で手を振りながら大声を出している成瀬さんがいた。
 僕は何も言い返さず再び前を見て、足を動かした。
 そういえば夏休みに入ってからは、一度も成瀬さんのあの表情を見ていない。果たしてそれがいいことなのか悪いことなのかは分からないけど、できればもう二度とあんな成瀬さんを見たくはないことだけは、たしかだ。
 秋風が稲畑の黄金色の絨毯を揺らし、さわさわと音をたてて踊っている。
 それが、夏の終わりを惜しむようでもあり、秋の訪れを歓迎しているようでもあった。