何度か成瀬さんが、友達は欲しくないの?と訊いてきたけど、訊かれるたびに僕はいらないと答え続けていた。
 そしてこれは、まぎれもない僕の本心だった。
 友達をつくると、どうしても「付き合い」というものが必要になってくる。放課後に寄り道をしたり休日にはどこか遊びに出かけたり。
 根本的な話、僕は人と接することがあまり得意ではない。もちろん、それをしなくてはいけない場面に出くわした時は人並みにはちゃんとするけど、基本的には放課後や休日は家でゆっくりしたいと思っている。そんなのに付き合わされるのは『命の恩人』だけで十分だ。
 成瀬さんは「人付き合いは大切だよ」と言いながらも僕のそんな部分を汲み取ってくれたのか、権限を駆使してまで僕に友達をつくらせようとはしてこなかった。
「テストおつかれさま!」
「成瀬さんも、おつかれ」
 いつの間にか成瀬さんの周りに集まっていた人はいなくなって、成瀬さんが僕の方へやってきた。
「最後の二次関数の微分の問題、ちゃんと解けた?」
「うん、おかげさまで」
「それならよかった。あんなに頑張ったもんね」
 僕は微分の問題があまり得意ではなくて、テスト前に成瀬さんと勉強した時に教わっていた。
「はー、それにしても一がっ…」
 成瀬さんがそこまで言ったタイミングで前の扉が開き、大森先生が教室に入ってきて生徒に着席を促した。
「じゃあ、また帰りに」
 そう言って成瀬さんは席へ戻っていった。
 大森先生からは特に重大事項が話されるでもなく、テストが終わった僕たちへのねぎらいの言葉をかけてホームルームは終わって、ほとんどの生徒は部活動の、僕の成瀬さんは下校の時間を迎えた。
「それで、さっきは何を言いかけてたの」
「ああ、一学期は過ぎるのがはやかったね、って言おうとしたの」
「そうだね」
 そんな他愛ない会話をしながら、僕たちは駅へ向かっていた。
 この道もここ数か月でずいぶん風情が変わっていた。見えている景色は四月の時となんら変化ないのに、聞こえてくる音や草木の香り、感じる風の温度、それと容赦なく点から降り注ぐ日差しがアスファルトの地面に立ち込めさせる陽炎が、この道をすっかり夏の顔に染め上げていた。
「山野くんは、何か夏休みの予定はあるの?」
「……もしかして、成瀬さんは僕を馬鹿にしようとしている?」
「えっ?」
「えっ?」
 一瞬の沈黙が訪れるが、すぐに成瀬さんがハッと気づいた。