梅雨が明け本格的に暑さが増してきていた。窓は空いているけど風が全く吹いておらず、
 教室内は蒸し焼きのサウナ状態だった。この学校には各教室にエアコンが一台ずつ設置されていたが、僕が入学してから一度も稼働しているところを見たことがない。職員室や校長室ではバリバリに活躍しているそれは、生徒が使う教室ではただの飾りだった。
 ただ今更そんなことに不満をたらしても仕方がないので、襟元をパタつかせてカッターシャツと地肌との間にセルフで風をつくって暑さを和らげていた。そして、顔からあふれ出てくる汗が答案用紙に落ちないように半袖の部分で拭いながら、ただひたすらにペン先を走らせた。
 うるさすぎるセミの鳴き声と、普段は気にも留めないアナログ時計の針が時間を刻む音が、僕の鼓膜を刺激し続けていた。
「はい、それまで! ペンを置いて後ろから答案用紙まわしてきてー。あと、回収し終わるまで口を開かないことー」
 チャイムの音とともに響き渡った試験官の先生の声は、教室内を安堵と無言の達成感で満たした。
「じゃあこれで学期末試験は終了だから。この後、帰りのホームルームがあるんで担任の先生が来るまで帰らないように」
 答案用紙の氏名欄をチェックし終わった試験官の先生はそう言い残すと、早く職員室に帰りたそうにそそくさと教室を出ていった。それと同時に、さっきまで声にならなかった達成感が歓喜にかわって一気に放出された。そしてそれはこの教室だけでなく学校全体でも同じことで、まるでこの建物自体が喜んでいるかのようだった。
「やっと終わったー」
「おつかれ!」
「夏休みだー!」
 教室内では安堵の声をもらす人や互いをねぎらう人、もう夏休み気分に入った人など、それぞれの方法でテストが終わったこと、並びに一学期が終わったことへの喜びを表現していた。正確にはもう一週間授業を受けてから終業式を経てやっと夏休みに入るんだけど、授業といっても基本的にはテストの返却がメインの内容となっており、教科書を先に進めたりすることはないので、気楽に登校できる一週間となっている。だから実質のところ、今日から半分は夏休みのようなものだった。
 大森先生はまだ教室に来てなく、教室内は仲のいい者同士が集まって談笑してる空間となっていた。成瀬さんの席の周りには相変わらず人が集まり、楽しそうに話し合っている。
 そんな光景を、僕は自分の席から一人でながめている。
 僕は相変わらず友達がいなかった。一学期を通じて『命の恩人』ができただけで、友達と呼べる存在は一人もできていない。
 いや、できていないという表現は少し語弊があるかもしれない。つくらなかった、のほうが正しい。