成瀬さんは全然完璧な人間なんかじゃなかった。
 成瀬さんがいい成績をとれるのは、ほかの人よりも勉強に時間を費やしているからだし、友達が多いのも、彼女自身が自発的にコミュニケーションをとりにいっているからだ。
 成瀬さんを形成していたものは、生まれ持っての才能ではなかった。
 努力と挑戦、そしてそれらから生み出された結果こそが、今の『成瀬花菜』という人間をつくりだしている。だから成瀬さんは、失敗しても笑顔を絶やさずにいられるんだと思う。
 そんな彼女の内面を何も知らずに、一時は嫌悪感すら抱いてしまっていたころの自分が本当に情けないと思った。
 ただ、成瀬さんのことを段々と理解できてきた今だからこそ、やっぱり僕にはどうしても気がかりなことがあった。
それは、成瀬さんが時折みせる胸が張り裂けそうなほどに悲しい表情と、「今日のことは絶対に忘れない」という言葉の真意についてだ。そしてそれは、二人でどこかへ出かけた日の別れ際に僕に言ってくる。毎回、というわけではなく時々だ。ただ、普段はそんな姿を絶対に見せない成瀬さんだが、その時だけはまるで別人のように表情が冷たくなる。
 でも僕は未だにそんな成瀬さんから逃げ続けている。相変わらずの弱さが、僕の中には残っていた。だから僕はまだ、成瀬さんを完全に理解できたとは言えなかった。
 こんな風に僕の高校二年生の一学期は過ぎてゆき、現在、僕は学期末テストの最終日を迎えていた。