「山野くんはさ、宇宙人っていると思う?」
「…どうしたの急に」
 定期試験を翌週にひかえ、教室内では昼休憩の時間にもかかわらず教科書や参考書に目を走らせている人もいる。そんな若干張りつめた空間の中で、僕と向かい合って昼食を食べていた成瀬さんが、唐突に場違いな質問をしてきた。
「いやね、昨日テレビで宇宙人特集みたいなのがやってたの。それでね、偉そうな学者さんが宇宙人は実在するって豪語してたんだけど、ほんとにいるのかなって思って」
「そんな学者さんが言うんなら、ほんとに実在するんじゃないの」
「じゃあ山野くんも、宇宙人は実在してると思ってるの?」
「まぁ宇宙は広いからね。いても不思議じゃないとは思ってるよ」
 成瀬さんは少し腑に落ちないような表情を浮かべながら、弁当に入ってる黒豆をひとつ口へ運んだ。
「そういう成瀬さんは、どっちだと思ってるの?」
「んー、もしかしたら世界のどこかにはほんとにいるのかもしれないけど、少なくとも私の中でははっきりといないって言えるかな」
 僕が首をかしげると、成瀬さんは少し微笑んだ。
「山野くんは、物事が『実在する』ってことの定義って何だと思う?」
「……定義って言えるかは分からないけど、目で見て、耳で聞いて、手で触って、それがたしかに存在しているってことを確認できた時に、僕はそれが実在してるって認識すると思う」
「そう、それだよ!」
 成瀬さんが食い気味に反応を示した。
「私も、それこそが物事の実在する定義だと思ってるの」
「………?」
「つまりね、私はこの目で宇宙人を見たわけじゃないし触ったわけでもない。私は、私自身で宇宙人の存在を確認してないの」
「…それは僕も同じだけど」
「だから、もし本当に宇宙人がこの世のどこかにいて、たとえ世界中がその存在を認めていたとしても、私の中に宇宙人は実在してない幻の生き物になるんだよ」
「…分かったような、分からないような」
 成瀬さんは食べる作業を中断し、持っていた箸を弁当箱の上に置いた。
「そうだなー……、山野くんは親とか先生に、相手に聞こえてないなら言ってないのと一緒だーって怒られたことはない?」
「あるけど………………あぁ、そういうこと」
「私が言いたいこと、分かった?」
 悔しいけど今の説明は非常にわかりやすかった。そのセリフはまさしく、僕が小さかったころに母さんからよく言われていたものだった。
「要するに成瀬さんは、主観的な観点で物事の存在を定義してるってこと?」
「そのとおり! だから大げさに言うと、行ったことのない場所や食べたことのないもの、聞いたことのない言葉も全部、私にとっては実在してないのと一緒なんだよ」
 もちろん宇宙人もね、と笑顔でつけくわえていた。
「……なんかうまく言いくるめられた感がすごいよ」