翌日、学校へ行くと成瀬さんはいつも通り元気そうに接してきたので、僕の方からも何も訊かなかった。
 この日から少しずつ僕の日常が変化していった。
 まず、学校で成瀬さんと話す機会が多くなっていった。といっても僕の方から話しかけに行くわけではなく、基本的に成瀬さんが僕の席まできて話しかけてくるので、僕もそれに付き合わされているという感じだった。
 相変わらず周囲からの視線を気にしていた僕だったけど、一週間も過ぎるころにはそれも気にならないくらいに慣れてきていた。それに、クラスの人たちもこの光景に違和感を持たなくなってきているようだった。
 それと、毎日下校をともにするようになった。
 僕たちの降りる駅が一駅違いであること、お互い部活動をしていないということ、そして成瀬さんの「一緒に帰ることも生きる理由探しだから」という無理やりすぎるこじつけが重なってのことだった。
 週に二、三日は昼食も一緒に食べた。定期試験の前には図書室で勉強をし、成瀬さんのおかげで僕は少しだけ成績が上がった。放課後は寄り道をしたり、休日にはいろんなところに出かけたりもした。
 こんな日々が成瀬さんの言う「生きる理由」探しなのかは僕には分からなかった。
 ただ、悪くはない時間だった。
 そしてそんな時間を過ごしていくうちに、僕は成瀬さんのことを少しずつ理解してきていた。
 成瀬さんは非常に涙もろい。
 前回映画を観に行ったときは、周りの客も泣いていたし、僕は涙が出なかったけど実際に感動する内容だったので、成瀬さんが泣いていたことも別におかしいことだとは思っていなかった。ただそれからも、彼女が小説を読んだりテレビで放送されたドキュメンタリー映画なんかを観たりするたびに、
「あれはほんとに泣けた」
と目を腫らして登校してくる姿を僕は何度も見てきた。
 一度試しに、成瀬さんがどうしてもとおすすめしてきた泣ける小説を借りて読んだのだが、読み進めていくうちに、逆に成瀬さんはどのシーンで感動したのかが気になってくるぐらいに泣けなかった。その次の日成瀬さんにどこで泣いたのかを尋ねると、
「どこでっていうか……、だめ、思い出したらまた泣けてきちゃう」
と本の内容を思い出しながら目を潤ませていたので、
「多分、あれは泣ける小説じゃないよ。調べてみたけど、レビューで『泣けました』なんて書いてる人、一人もいなかったよ」
と僕が言うと、
「絶対嘘だよ! 私も調べる……………………ほんとだ」
 口をあけて愕然とする成瀬さんを目の当たりにしたこの時から、僕は成瀬さんの「泣ける」を信じないようにしている。
 それと意外にも成瀬さんにはロマンチックな部分があった。
 僕がそう思ったのは、成瀬さんがふいにこんな話をしてきからだ。
 それは、校門に咲き誇っていた桜の花びらが散り、新緑が華やかに山を彩り始めた頃。そんな初夏を迎えていた時のことだ。