「おかえりなさい」
「ただいま」
 僕が帰宅すると、リビングでソファに腰掛けテレビを見ていた母さんが出迎えてくれた。
「めずらしいね、母さんがこんな早い時間に帰ってるなんて」
「大きな企画が終わったばっかりだから。当分の間は早い時間にあがれるのよ」
 壁にかかってる時計を見ると二十二時を過ぎたあたりだった。
「てか、それを言うなら啓の方こそめずらしいじゃない、こんな遅くまで」
 たしかに、普通の男子高校生ならこんな時間に帰ってくることもあると思うが、高校に入学してから僕がこんな時間まで外を出歩くのは沖縄で雪を見ることよりもめずらしいことだ。というか、もしかしたら初めてのことかもしれない。
「もしかして、お友達?」
「まさか」
「じゃあ、まさかの彼女さん⁉」
「それのほうが、まさかだよ。……まぁいろいろあったんだよ」
 命の恩人と遊んできましたー、なんて言えるわけもなく、息子の成長に興味津々な母さんには悪いけど適当に話を受け流した。
「まぁ、啓が楽しそうでよかったわ」
「僕、そんな顔してるかな」
「若干ね」
「若干か」
 どうやら僕自身も気づかないような表情の違いが母さんにはわかるらしい。そんな僕にでもわかるくらいに母さんはご満悦な様子だった。
「さ、明日も学校でしょ? 早くお風呂入っちゃいなさい」
「うん」
 風呂に入り湯船につかると、疲労が抜けていくかわりに大量の睡魔が襲ってきたので、溺れる前に風呂を出た。脱衣所に用意してた寝巻を着るといよいよ眠気が増してきたので、その足で自分の部屋へ上がろうと思った。
「啓」
 僕が階段の一段目に右足をのせたところでリビングから母さん声が聞こえた。
「ん?」
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 自分の部屋に入った僕は、一直線でベッドへ向かった。仰向けに寝転び天井をながめていると目を開いたままでも寝ることができそうだったが、せかしてくるまぶたにわずかな待機命令を下し、僕はここ数日の出来事がちゃんと脳内に保管されていることを確認した。そして、この世界に安心するように目を閉じ、深い眠りについた。