「じゃあまた、生きる理由探し、行こうね」
 車内に言葉を残して、成瀬さんはホームへと降り立った。そのあと、すぐにこちらを振りかえった。それと同じタイミングで、ひときわ冷たい風が車内に吹き込んだ。
「山野くん、」
 ついさっきまでの成瀬さんとはまるで別人のような表情だ。
「ん?」
「……私、今日のこと、絶対に忘れないからね」
「え?」
 成瀬さんのその声に、確かな悲愁の思いを感じた。
 僕は、その声に反応するように胸中でうごめきだした何かを、心の一番深いところに沈めてふたをした。それが絶対に出てくることのないように、何重にもふたを重ねた。
「じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ」
 扉が閉まり、成瀬さんが段々と遠くになっていった。
僕は目を閉じた。閉じ込めてもなお動き続けている物体を落ち着かせるように、何度も深呼吸をくりかえした。やがてそれは活力を失っていき、電池の切れたおもちゃみたいに動かなくなった。
 ただ、最後に成瀬さんが見せたあの表情だけは、僕の頭から離れてくれそうになかった。
 なんで成瀬さんがあんなに悲しい顔をしていたのか分からなかった。いや、正確には分かりたくなかった。僕の中にある弱さが、それを知ろうとすることを強く拒んでいたから。
 でも、これだけははっきりとわかっていた。
 いつかこの弱さは僕自身にその牙をむけ、「後悔」という色で全身を覆いつくす時が必ず来るであろうことを。そうなる前にそんなもの全部、このままどこかへ運んでいってくれないだろうか。遠い遠い、地平線の向こう側まで。そんな淡い幻想を抱きながら、ホームで一人、暗闇の中へと消えていく電車の後ろ姿をずっとながめていた。