僕は再び、外に目を向けた。もう光はほとんど見えず、目を凝らすと、薄暗い闇の中に田畑だけが広がっているのが見えた。やがて電車は、高校の最寄り駅まで帰ってきた。
「山野くんはどこで降りるの?」
「僕はあと三つ隣の駅だよ」
「へー、私はその手前の駅なんだ。もしかしたら家、近いのかもね」
「そうかもね」
 僕が降りる駅と成瀬さんが降りる駅の間には家屋が多く建ち並んでおり、あのあたりだと住宅街とよばれる区域になっているのでそれも十分にあり得る話だった。
「また今度、山野くんの家、遊びに行くね」
「来なくていいよ」
 成瀬さんは僕の家に来ることを決意したような表情だった。
電車は次の駅に到着し、成瀬さんが降りる駅まであと一駅となった。駅に到着して扉が開くたび車内に侵入してくる冷たい空気を味わうのも、次で最後だ。
「そういえばさ、山野くんは気にならないの?」
「…なにが?」
「私が、今日の映画で一番い印象に残った場面!」
「あれ、さっき言ってなかったっけ?」
「あれは、山野くんの印象に残ったシーンでしょ」
「……そういえばそうだったね」
 僕が訊かなくても成瀬さんは言いそうだったのと、僕も少し気になってしまったので、訊いてみた。
「成瀬さんは、どの場面が印象的だった?」
 僕は用意されていた言葉をそのまま読み上げた。なんとなくだけど、この答えを聞くことで成瀬さんという人間を多少理解できるのではないかとも思った。
「私が一番印象に残った場面はね、」
「…………」
「山野くんが、私のことを見てくれてたところっ!」
 気づかれていた。最後のシーン、僕が成瀬さんを見ていたことを。どうやら僕は、目だけ向けていたつもりが、気づかないうちに顔ごと成瀬さんの方を見てしまっていたようだった。
 僕は今、僕の恥ずかしい行いを指摘されたはずだ。それなのにこんなにも冷静でいられるのはたぶん、若干照れくさそうに、でもそれ以上に嬉しそうな成瀬さんが僕の目に映っているからだと思う。その表情は、恥じらいながらも風船をもらいにいく小さな子供のようだった。
「…気づいてたんだ」
「そりゃ、あんなに見つめられたらね」
「そんなに見つめてたつもりはないんだけど」
「あはは、さすがにちょっと恥ずかしかったなー」
「その、なんというか、……ごめん」
「そんな、全然気にしなくていいよ。恥ずかしかったけど、嬉しかったから!」
「そういってくれると助かるよ」
 黒板を爪でひっかくような音とともに、電車がスピードを緩め始めた。やがて電車が完全に停車して、扉が開かれた。