「早速だけど、始業式がもうじき始まるから、みんな体育館に移動してください…あ、最後に教室を出る人は鍵をかけてきてくださいね」
 そう言い残すと、大森先生は少し慌てたように教室を出ていった。
 職員会議でもあるんだろうか、新学年の新学期は教師陣も何かと忙しいんだろうな、なんてどうでもいいことを考えながら窓の外を見てぼーっとしていると、気づけば教室は僕一人になっていた。
 誰もいなくなった教室に鍵をかけ、僕は一人で体育館へ向かった。聞きたくもない校長の長話を淡々と聞かされたり、興味もない部活動の表彰式なんかを見せられたりするのかと思うと、自然と足どりが重くなる。
 案の定、始業式は僕の想像通りのものだった。校長の話に関しては一ミリも覚えてない。
 始業式が終わりすっかり本日の使命を全うした僕は、教室内の雑音の波を感じながら、机にうつ伏せになっていた。
 眠たい。少し寝よう。
 目を閉じると、魂だけが下に沈んでいくような感覚とともに、意識がどこかへ消えていく。この感覚が、僕はたまらなく好きだ。
 夢を見た。
 一面暗闇の世界に、男の子と女性が立っている。
 男の子は、中学生くらいだろうか。とても怒っている。
 その隣には、くたびれた顔の女性が、申し訳なさそうな笑顔をみせている。
 男の子は女性に何か言い残し、暗闇の中へ消えていった。
 残された女性の表情は、見えなくなっていた。
 最悪の夢だった。
「はい、皆さん、着席してください」
 元気な声とともに教室に入ってきた大森先生によって、僕の意識は現実に引き戻された。
 教室は静まり、先生の話を聞く状態になった。僕も顔を上げて、教壇に立つ先生を見た。
「始業式、お疲れ様でした。それで早速だけど、今日のうちに学級委員長だけ決めようと思います。これが終わったら帰れるから、みなさん、協力してくださいね」
 大森先生が笑顔で告げると、教室は再び音をとり戻す。
 ある程度ざわついたところで誰かが言った。
「成瀬さんがいいと思います!」
「私も賛成です」
「俺もそれがいいと思いまーす」
 賛同するように、他の生徒も声を上げる。
 成瀬花菜(なるせかな)、クラスの誰もが一目置くほどの秀才だ。テストでは常に上位をキープし、授業中の発表なんかでも彼女が間違った姿を見たことがない。成瀬の父は総合病院の院長を務めており、彼女自身も将来はそこで医者として働くことを目標としているという話を、噂程度だけど聞いたことがあった。
 それと、彼女はとても美人だ。整った輪郭に透き通るような肌。長いまつ毛とぱっちりとした二重まぶたの目元には、どこか優しさが感じられる。鼻筋はしっかり通っており、唇は八重桜のように鮮やかな桃色をしている。肩にかかるほどの長さをした艶やかな黒髪がその美しさをより一層引き立たせている。
 おまけに性格もいい…らしい。友達は多く、いつ見ても彼女の周りには人がいる。
 つまるところ彼女は、僕とは正反対の人種ということだ。