なるほどと思った。たしかに、うちの高校で部活動しながらいい成績をとり続けるのはかなり難易度が高い。とくに成瀬さんは医者を目指しているので、部活動に費やす時間はないはずだ。
「まぁ、山野くんも部活動入ってないんなら、休日も連れまわせるしよかったよ」
 成瀬さんはすぐにいつもの笑顔を取り戻し、恐ろしいことを口にした。
「やっぱり僕、部活動入ってるよ」
「何部?」
「……ワンダーフォーゲル部?」
「うちの高校にそんな部活動はないでーす」
「はぁ……」
 そんな僕をよそに、成瀬さんは上機嫌に歩を進めていった。
 少し歩幅が小さい成瀬さんのペースに合わせて歩いていると、いつもより駅に着くのが遅くなった。それなのになぜかいつもよりも早く着いた気がしたのは、多分気のせいだろう。
 この駅から電車に乗り、僕の家がある方と反対の方向へ三駅行ったところが、この辺りではわりとにぎわっている繁華街となっていた。駅の周辺には大型ショッピングセンターや多数の飲食店、僕たちの目的地である映画館もそこにあった。
 駅を出て空を見上げると、少し薄暗くなってきていた。今日からは普通に授業が行われていたので、学校が終わった時間は夕方ごろだった。夕日はビルに隠れて見えなくなっていた。
「さぁ山野くん! ハンカチの準備はいいかな?」
「僕は別に泣く予定はないよ」
 僕たちは映画のチケットを買って、成瀬さんがポップコーンを食べたいと言い出したので売店の列に並んでいた。
「こんな時間に食べて、帰ってから晩ごはん食べれるの?」
「その点は大丈夫だよ。今日は友達と食べて帰るって言ってるから」
「僕、それ初耳なんだけど」
「じゃあ、今言った」
 誇らしげにこの場で約束を取りつけてきた成瀬さんに言い返す気力もわいてこず、「わかったよ」とだけ答えると、嬉しそうに「ありがと」とだけ返してきた。それから僕はハッと思い出し、ポケットから携帯電話を取り出して、母さんに晩ごはんは不要とのメールを送った。
「もう入る?」
 無事にポップコーンも買えて、そろそろ上映開始の時間になろうとしていた。
「僕トイレ行ってくるから、先に入ってていいよ」
「迷子にならないようにね、三番シアターだからね」
 茶化しているのか本気で言っているのか分からない表情でそう言うと、成瀬さんは先に中へ入っていった。
 僕は周りをみわたして、近くに見つけたソファに腰掛けた。なんだか、久しぶりに自分だけの時間を手に入れた気がした。今日学校が終わってから、成瀬さんと一緒にいた時間はほんの一時間ちょっとのはずなのに、もう長い間、成瀬さんと時間を共にしてきたような感覚だった。
 さっき買ったチケットを見つめながらそんなことを考え、僕は映画館特有の柔らかい暗さに包まれていた。