それからも、休み時間に入るたびに成瀬さんの周りには、人が群がっては質問を繰り返していたが、それも昼休みになったころにはおさまり教室内はいつも通りの景色になっていた。ちなみに、僕の方に何か訊きに来たりしようとする人は一人もいなかった。
成瀬さんとも、朝の会話以降は特に絡むことはなかった。
そんなわけで、朝の出来事を除けばいつもと何ら変わりない一日が過ぎてゆき、あっという間に放課後がやってきた。僕は掃除当番にあたっていたので、終礼後、教室に残って掃除をしていた。
ふと教室を見渡すと、成瀬さんの姿が見当たらない。もしかしたら成瀬さんは僕との約束を忘れて帰ったのかもしれない、それか成瀬さんにとって朝の約束はただの気まぐれだったのかもしれない、そんな淡い期待が僕の中に湧き上がってきた。
「あ、掃除お疲れさまー」
そんな僕の期待もむなしく、校門で僕を待っていた成瀬さんはひらひらと手を振っている。
多分普通の男の子だったら、これは夢のようなシチュエーションに感じると思う。満開の桜の木の下、こんな美少女が自分のことを待ってくれているのだから。でもあいにく、僕にこのシチュエーションは喜べなかった。たしかに目の前の状況だけ見たら多少はドキッとするところではあるけど、僕が今からしようとしていることは命の恩人と興味のない映画を観に行くことだ。正直、笑いさえこみあげてくる。
「帰ったのかと思ってたよ」
「そんなわけないよ。だって山野くん、すごく映画観に行きたそうにしてたじゃん」
「……僕がいつ、そんな素振りみせたかな」
「ほら、……昼休みとか?」
「なんで疑問形」
「まぁ、そんなことどうだっていいよ」
成瀬さんは両手の手のひらを合わせ、気持ちのいい音を出した。
「じゃ、山野くんの生きる理由、探しに行こうか」
「ただ映画を観に行くだけじゃないか」
一通りの会話を済ませ、僕たちは駅へ向かい歩き始めた。
少し不思議な気分だった。学校から駅につながるこの道を誰かと一緒に歩くことは、僕にとって初めての経験だった。歩いている道や見えている風景、周囲はいつもと変わらないのに、隣を誰かが歩いているというだけで、まるで初めて通る場所のように感じた。まだ少し肌寒い風が自然の香りをはこんできた。
「山野くんって、部活動とかには入ってないの?」
「入ってないよ。特に、やりたいこともなかったし」
「へー、ちょっと意外かも。なんか、スポーツとかやってた雰囲気あるのに」
「………成瀬さんは部活動、入ってないの?」
「私も入ってないよ」
それから成瀬さんは苦虫を噛み潰したような笑顔をみせた。
「勉強、しないといけないから」
成瀬さんとも、朝の会話以降は特に絡むことはなかった。
そんなわけで、朝の出来事を除けばいつもと何ら変わりない一日が過ぎてゆき、あっという間に放課後がやってきた。僕は掃除当番にあたっていたので、終礼後、教室に残って掃除をしていた。
ふと教室を見渡すと、成瀬さんの姿が見当たらない。もしかしたら成瀬さんは僕との約束を忘れて帰ったのかもしれない、それか成瀬さんにとって朝の約束はただの気まぐれだったのかもしれない、そんな淡い期待が僕の中に湧き上がってきた。
「あ、掃除お疲れさまー」
そんな僕の期待もむなしく、校門で僕を待っていた成瀬さんはひらひらと手を振っている。
多分普通の男の子だったら、これは夢のようなシチュエーションに感じると思う。満開の桜の木の下、こんな美少女が自分のことを待ってくれているのだから。でもあいにく、僕にこのシチュエーションは喜べなかった。たしかに目の前の状況だけ見たら多少はドキッとするところではあるけど、僕が今からしようとしていることは命の恩人と興味のない映画を観に行くことだ。正直、笑いさえこみあげてくる。
「帰ったのかと思ってたよ」
「そんなわけないよ。だって山野くん、すごく映画観に行きたそうにしてたじゃん」
「……僕がいつ、そんな素振りみせたかな」
「ほら、……昼休みとか?」
「なんで疑問形」
「まぁ、そんなことどうだっていいよ」
成瀬さんは両手の手のひらを合わせ、気持ちのいい音を出した。
「じゃ、山野くんの生きる理由、探しに行こうか」
「ただ映画を観に行くだけじゃないか」
一通りの会話を済ませ、僕たちは駅へ向かい歩き始めた。
少し不思議な気分だった。学校から駅につながるこの道を誰かと一緒に歩くことは、僕にとって初めての経験だった。歩いている道や見えている風景、周囲はいつもと変わらないのに、隣を誰かが歩いているというだけで、まるで初めて通る場所のように感じた。まだ少し肌寒い風が自然の香りをはこんできた。
「山野くんって、部活動とかには入ってないの?」
「入ってないよ。特に、やりたいこともなかったし」
「へー、ちょっと意外かも。なんか、スポーツとかやってた雰囲気あるのに」
「………成瀬さんは部活動、入ってないの?」
「私も入ってないよ」
それから成瀬さんは苦虫を噛み潰したような笑顔をみせた。
「勉強、しないといけないから」