ただそんなことよりも、僕は今のこの状況に愕然としていた。
「成瀬さんがこの映画を観たいのは分かったけど、なんで僕と?」
「だって、昨日約束したじゃん。山野くんの生きる理由探しを手伝うって」
「それと映画を観に行くことに、まるで関係性が見いだせないんだけど」
「楽しいことをしてたら、生きたいって思うようになるかもしれないでしょ?」
 言ってることが滅茶苦茶だとは思ったが、なぜか得意げな顔をしている成瀬さんに対して、反抗するのも面倒くさくなりそうな気がした。
「生きる理由探しって、そういうことなの?」
「逆に、どういうことだと思ってたの?」
「……いや、それは僕もよくわかっていなかったけど」
「こういうことだよっ」
 成瀬さんはやっぱり笑顔でそう言った。これは完全に成瀬さんと映画を観に行く流れになりつつあるなと思いながらも、僕は成瀬さんに訊いてみた。
「一応訊くけど、もし僕が行かないって言ったら?」
「私、命の恩人」
「……分かったよ。観に行くよ」
「よし。それでこそ山野くんだ!」
 僕は一つため息をついて周囲を見渡すと、先ほど生じた違和感がいつの間にか教室中に伝染して、僕たちは教室内のほぼすべての視線を集めていた。成瀬さんは全く気にしている様子はなかったが、僕には一気に緊張の波が押し寄せて、今の無表情を崩さないようにするだけで精いっぱいになった。
 僕は注目されることが嫌いだ。これだけ言うと、まるで今まで注目を浴び続けたみたいに思うかもしれないが、全くそういう訳ではない。むしろその逆だ。注目を浴びたくなかったから高校生活では静かにひっそりと生きてきた。その結果友達はできなかったけど、同時に、平穏を手にすることができていた。
 それが今、成瀬さんと話しただけでこうなってしまった。改めて、人生は一瞬で変わってしまうことを思い知らされた気がした。
 僕は深呼吸をする。
「成瀬さん、もう少しで一限目が始まるよ」
「そうだね。じゃあ山野くん、放課後忘れないでね」
そう言って成瀬さんは嬉しそうに自分の席の方へ歩いて行った。やっぱり自分が映画を観たいだけなんじゃないか、と突っ込みをいれたくなったがこらえた。
 着席した成瀬さんの周りにはすぐに人が集まり、質問攻めをうけていた。「花菜ってあの子と…」「えー、いつからー」みたいな声が聞こえてくるので、僕との関係を訊かれているようだった。それだけなら別にいいのだが、質問するたびにその子たちがちらちらと僕の方を見てくるからあまりいい気はしなかった。成瀬さんは笑いながら「あはは、別にそういうのじゃないよー」とだけ答えていた。
「はい、席ついてー。日直、号令お願い」
 一限目を担当している、若干こわい教師が教室にやってきたので、成瀬さんの周囲にできてていた人だかりは、牧羊犬に追われる羊のようにそれぞれの席へと戻っていった。