うそつき執事の優しいキス


「キレイ……海の色だ……!」

「……なに?」

 うぁぁ……不機嫌~~

 青い瞳が、わたしを睨んでる。

 カラーコンタクトとかそういったモノでは、きっと絶対出せない。

 とても素敵な瞳の色の感想を、あいさつも無しに言っちゃったのが、不味《まず》かったのかな?

 それとも、歌を邪魔したのがいけなかったのか、な?

 聞けばきっと『どっちも腹立つ』って返って来そう……聞かないけど!

 顔の傷で、凄みをました上、瞳が青いからか、どうか。

 何だか妙に迫力ある視線に、たじたじと、後さずる。

「す、すみません。
 なんだか、あなたのキレイな歌に誘われて、思わず見に来てしまいました。
 君去津高の合唱部の方ですか?
 これからも、練習頑張ってくださいね」

 お邪魔しました~~とごまかしながら、くるっと振り返り。

 逃げ出そうとしたわたしを、その人は見逃してくれなかった。

  がしっと、制服の上からわたしの肩口をつかみ、ぐるっと回して、正面に向かすと、言った。

「……訂正個所が、ある。
 君去津に合唱部は、無い。
 そして僕はそもそも歌なんて歌って、ない」

「……は?」

 金髪の彼の言葉に、わたし、聞き返しちゃった。

 えっええと。

『君去津に合唱部は無い』

 ……うん。これは、たしか入学案内の部活紹介に『合唱部』とは書いて無かったような気がする。

 でも『歌ってない』?

「い……今さっきまで、すごく良い声で歌ってませんでしたか?」

「……今の、ただ声を出してた、だけ。
 僕は、ヒドイ音痴、でね。
 どんなに簡単な曲、でも。
 音程が判ら、ない。
 だから僕の、声。
 歌にも音楽にも、ならない」

「……ウソ……!
 でも、すごくキレイな声でしたよ?
 わたしには、ちゃんと『歌』に聞こえましたけど?」

「……本当?」

 わたしの言葉に、金髪の彼は鋭い眼差しをほわっと和らげた。

「僕、自分が歌えないの判ってる、けど。
 どうしても歌いたい歌が一曲だけ、ある。
 今、その曲を想いながら声を出して、みた。
 原曲とは絶対違うことは判ってる、けど。
 この声が聞くに堪えない騒音じゃないなら、良い」

「聞くに堪えない騒音!?
 とんでもない!!
 すごくキレイな歌でしたよ! 優しくて! すごく、切なくて……!」

 どうして、あんなに素晴らしい歌が『騒音』だなんて思うんだろう!

 わたし、自分の耳で聞いたことを、本人に伝えたくて、あの歌が、どんなに素敵だったか、一生懸命説明してた。

 すると、今まで堅い表情をしていた彼が、ふわり、と笑う。

「……そ、か。良かった。
 とても、とても大切な歌だった、から。
 その感想、嬉し」

 おお~~

 このヒト、金髪碧眼で、顔、整ってるからかな?

 はにかんだように笑う表情が、まるで天使みたいだ。 

「元の歌ってどんな歌、なんですか?
 差し支えなければ、聞いてもいいですか?」

 心の底からほっとしたような顔をしている彼を見て、曲のコトが知りたくなっちゃった。

 声をかけたら、彼は一瞬迷って「うん」とうなづいた。

「君去津高のヤツらだけで結成されたCards soldier(カーズ ソルジャー)ってインディーズバンドの、曲。
 その中にいた『スペード・エース』って言う、ヤツ。
 曲、僕のために書いてくれた、のに。
 歌えないのはとても、残念」

「ふうん、そうですか。
 お友達が作曲してくれた曲なら、大事にしたいですよね。
 でも、もし、ご自分で歌えないなら、その作った本人に、時々歌って貰えばいいじゃないですか」

 わたし、何の事情も知らずに、そうさらっと言っちゃったけど……

 それからずーーっと後悔することになった。

 だって、金髪の彼が笑ったのを見ちゃったから。

 さっき見せた、はにかんだ天使の笑顔じゃない。

「スペード・エースはもう、いないんだ」って。

 今にも泣き出しそうな顔の、微笑。

 ……そんな表情をするヒトに。

 わたしは産まれて初めて出会ったんだ。




「はい、これで入学式前のホームルームを終了します。
 何か、質問は?」

 ……と、言ってくれた担任の先生に。

『オトモダチってどー作ればいいんですか?』

 って本気で聞きたくなって、ため息出た。


 ……参ったなぁ。


「学校が始まるまで、まだ時間があるから、そこらを散歩して来る」って言って道の途中で別れた、金髪の彼の背中を見送って。

 それからは何事もなく、無事に君去津高校についた。

 ん、で。

 新入生の受け付けを一番最初に終えて、指定された教室に入ったのは良かったんだけど……むう。

 電車の初乗車などなど、朝も早くからいろんなことがあり過ぎたんだよね。

 学校が始まる前に、すでにもう、すっかり疲れきり、つい、うとうととしちゃったのが、マズかったみたい。

 はっ、と、気がつくと、今度めでたく、わたしのクラスになった1年2組はヒトがあふれてた。

 女の子同士が、いくつかグループを作り、所々に集まって、楽しそうにおしゃべりしてる。

 よし、早速どっかに混ざろう、とは思ったんだけど。

 どうやら、同じ中学のコ同士で、固っているみたいだ。

 既にあちこち仲良しグループは出来上がり、どこに入ったら良いのやら、全く判らなくなっていた。

  良く、最初は出席番号順で席が決まってるから、ソコで話しかけてオトモダチになれば良いって聞くけども。

 うとうとしている最中に、急に『おはよう』って声をかけられ。

 反射的に『ごきげんよう』って答えちゃったのもダメだったかもしれない。

 わたしに声をかけてくれた、コ。

 ぴきっ、と顔を引きつらせたかと思うと。

「ごっ、ごきげんよーーって、言われちゃったーーーぃ!」と全速力で、元いたグループに戻って行ってしまった。

 わたしの方だって「まって~~」って追いかけようとしたんだけど。

 その子が戻った先で。

「お嬢さま?」

「いや、お嬢さまにしては地味過ぎっしょ?」

「そもそも、本当のお嬢さまなら、こんな公立に通うわけないって、ふふふ~~」

 みたいな、何だかイヤなくすくす笑いが聞こえて、あえなく撃沈。

 仕方ないので、窓側の自分の席で頬杖ついて外見てた。

 それから、心の中でぶちぶちとつぶやいてみる。


 みなさま『ごきげんよう』というご挨拶について、なにかおっしゃってますけど!

 これ、使い始めるとすごく『楽』なのでございますのよ。

 朝も、帰りの挨拶も、この一言で済みますし!

 それに『お嬢さまにしては地味』って。

 今日び、真のセレブリティは、ブランドのロゴマークを表に出すような、服の着方はしませんの。

 ブランドモノとは名ばかりの、安物なポーチをこれ見よがしに机の上に置いておく方がお下品ですわ。

 おほほほほ~~


 ……てなことを言うために、わざわざ君去津に来たわけじゃ、ないんだけどなぁ。

 最初の一歩でコケたら、残りの何もかもが全~~部失敗しそうで、ヤダ。

 あ~~あ。

 ……こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。

 そんな最悪な気分で『入学式前のホームルーム』とやらを終え。

 後は、式会場の体育館への移動時間まで、待ってるようにって言われていた、最中だった。

 何やら、校庭周辺で騒ぎが起こった……らしい。

 きゃーーっなんていう、女子の嬉しそうな悲鳴と。

 男子たちの、う″ぉ~~っていう良く判らない雄たけびが、聞こえて来たような気がする。

 何が起こったんだろう?

 近くの窓から身を乗り出して良く見ると、体育館の周辺に人だかりが出来ていた。

 どうやら、入学式が終わった後、部活動の新入部員募集のアピールをするみたい。

 各部の代表の先輩たちが、各部のユニホームを着たり、道具を用意している最中……かな?

 その中の一部で、生徒たちのがとんでもなく盛りあがっていたんだ。

 しかも、みんな悲鳴やら怒号の合間に何か、口々に叫んでる。

「えっ……ええと。
 ダイヤモンド・キング? クローバー・ジャック?
 うーんと……Cards soldier(カーズソルジャー)って……?
 なんか、どっかで聞いた覚えが……」

 叫び声を聞いたまま、口に出してつぶやいていたら、わたし、肩をがしっと、つかまれてた。

「Cards soldierだって!
 どこどこどこ! どこにいるの!?」

 何だか、すっごいハイテンションと、パワー!

 その迫力に、恐る恐る振り返ると、小柄で短めのみつあみを横にぴん、と立てた女の子がいた。

 彼女は、わたしを窓から引きはがし、自分が外を見ようと首を伸ばす。

「ごめん。
 わたしCards soldierっての初めてで!
 誰がどれやら……さっぱり」

 本当はようやく。

 そのCards soldier(カーズソルジャー)ってヤツ!

 さっき出会った金髪の男子が言ってた、君去津高のインディーズだって思い出したけど。

 名前をちらっと聞いただけ……じゃあねぇ。

 別に未練もなにもなく、簡単に窓際の場所を譲るわたしを、彼女は信じられないモノを見るように言った。
「ウソ! Cards soldierを知らないで入学し《はいっ》て来たの!?
 あたしは、彼らがここの生徒だから選んだのに!」

「へ……へぇ」

「悔しいわよね!? 十二月の事故!!
 あれでスペード・エースさえ抜けなければ、今頃とっくにメジャーデビューして、テレビにだってどんどん出てたはずなのに~~!」

 わたしがCards soldierを知らないって言ったこと、このヒト覚えてるかな?

 彼女は、知らないバンドのことを一人で勝手にぺらぺらしゃべってる。

 正直、彼女の話にはげんなりしてたけど……引っかかる情報を見つけて目を見開いた。

 十二月に、Cards soldierのスペード・エースって言う人が、事故を起こしたって?

  それで、本人は歌えなくなっちゃったって、あの金髪の彼からきいたけど!?

「そ、それでスペード・エースってヒトどうなったんですか!?
 まさか、亡くなったとか……言いませんよね?」

 最悪な状態を想い浮かべたくなくて。

 恐る恐る聞いたら、そのコはふるふると首を振った。

「死んだ、なんてそんな縁起の悪いこと言わないでよ!
 生きてるわよ、もちろん!
 ただ、治っても、声を出すのに特別なリハビリが必要で……今……えっと、専門の治療施設に通うために……だったかな?
 とにかく実家から出てるのよ。
 君去津高からも、一時的に転校してるし。
 Cards soldierのメンバーが在校しているうちに、帰って来られるか、どうか……だって」

「……それは、とても……心配、だね」

「うん。
 だけど、今回はスペード・エース本人の希望もあって、新メンバーを入れるべく、代わりを探すんだって!
 今は、みんなその話で盛り上がってる」

「そっか……」

 せっかく自分のために歌を書いてくれたのに、スペード・エースは歌えなくなったんだ、って。

 そして、代わりに新しい人が来る……のか。

 まるで、今にも泣き出しそうに笑う、金髪の彼の顔が浮かんで、目を閉じた時だった。

 彼女が、わたしの制服の袖をぐいぐい引っ張った。

「あっ……! ほら、すごい!
 Cards soldier(カーズソルジャー)がすぐ近くを通るよ!」

 みてみてみて見ぃ~て~~ぇ!

 なんて、叫ぶ彼女に押し切られ。

 ほろっと涙が出そうな思いを心に押し込めて、目を開けた……そのとたん。

 ウチらのすぐ側を通るヒトビトを見て、わたしの時間は止まった。

「……!」

 ……っていうか、視覚以外の全機能が停止した。

 息さえするのを忘れたわたしに気がつかず、クラスメートの彼女は、テンション高く騒いでた。

「ほら、メンバーのダイヤモンド・キングは生徒会会長で、クローバー・ジャックは副会長じゃん?
 これから、入学式があるんで、まだステージ衣装着てないけど、メークの下地は済んでるんだね!
 きゃーーっ! カッコイイ!! 素敵!!!
 まだメーク半分だけなのに、絵本に出てくる、本物の王さまと王子さまみたい!!
 ねぇねぇ、手を振って気づいてくれたら、振り返してくれるかな……」

 そこまで言った彼女の言葉を、わたしが手を振ってさえぎっちゃった。



 だって! 窓の外にいたCards soldierって!

「宗樹!! 神無崎さんっっ!!
 あなたたち、そこで一体何を……!!」

 思わず叫んだわたしの声を、宗樹はふぃ、と無視し。

 神無崎さんは、げらげら笑うと、わたしに向かって投げキッスを贈ってよこした。

「学園アイドルのお仕事!
 君去津Cards soldier、ダイヤモンド・キングの神無崎裕也たぁ、オレサマのことだぜ!
 さっきは振ってくれたけど、歌聴いたら惚れるぜ、西園寺!」

「か……神無崎さんが、ダイヤモンド・キング!
 じゃあ宗樹、クローバー・ジャック!?
 宗樹って、バンドなんて組んでたんだ……!」

 神無崎さんは真紅を基調にした何だか派手な布の束を右肩にかけ、宗樹は黒を左にかけている。

 どうやら、その布をちゃんと着れば舞台衣装になるらしく……そして。

 なによりその顔に、傷がない!

 バンド用の下地メークですっかり酷い傷が隠れてた。

 なんで、彼らが男子トイレなんて変な場所で、待ち合わせしてたかってこのメークをするため?

 宗樹が自分たちに傷があるのをバラすなって言ってたのは、完璧に傷を隠す自信があったからに違いない。

 そして、一緒に登校したくないとか。

 声をかけるなって意地悪を言ってたのは……

 とても数の多いみたいなCards soldierのファンから、わたしを守ろうとしてくれたの……かな?

「なんだ、お前!
 クローバー・ジャックの正体、知らなかったのか!?」

 びっくりしているわたしに、神無崎さんは、一瞬きょとんとした顔をしたかと思うと、隣にいる宗樹をつついた。

「へぇ、宗樹も案外ヒトが悪りぃじゃん。
 自分が他の女にモテまくりで、きゃーきゃー騒がれてるとこ、コイツに見られたくなかったのか?」

 そんな神無崎さんの声に、宗樹がムキになって言い返す。

「ちげーよ! そんなんじゃねぇし!
 もう、時間がねぇんだ! さっさと移動しねぇと……」

「うぉ~~ めずらし~~
 宗樹でも、照れる事があるんだな~~
 コイツは、本当に本命……」

「わーー、うるせえ、黙れ!」

 からかう神無崎さんのセリフをもぎ取るように宗樹は怒鳴ると、かなり本気のパンチを、繰り出した。

 それを、両手でぱしっと受け止め、神無崎さんが更に笑う。

「あははは、お~も~し~れぇ~!
 おい、西園寺!
 お前、部活決めるならさぁ、軽音部に来いよ!
 このオレサマが、直々に大歓迎してやるぜ!」

「莫迦! ぜってーーー来んなよ!」

 来たら、コロス! とか物騒なセリフを言い放ち。

 にやにや笑いが止まらないらしい、神無崎さんの首根っこをつかんで引っ張り退場する宗樹を、わたし呆然と眺めてた。

「な……なんだか、嵐が過ぎ去った後みたい……」

 思わずつぶやく、わたしの袖を、誰かがつんつんつついているのに気がついた。

 見れば。

 さっきの小柄の女の子が、目をきらきらしい星にして、わたしを見つめてる。

「ね? 今の説明して?」

 ……どうやら、わたしの嵐は過ぎ去っていないらしい。
 
「……せっ……説明しろって言われても……」

 たじたじと後さずりするわたしを彼女は逃がしてくれなかった。

「どうして、メンバーと仲良いの?
 ダイヤモンド・キングを振ったって……付き合ってくれ、って言うのを断ったってことでしょう?
 なんだってそんな、うらやましい……じゃなかったバチアタリなコトを!」

 バチアタリって! そんなコト言われたって!

「神無崎さんは、多分、別に本気でつきあえって言ったんじゃないよ?
 そもそも、今日初めて会ったし……からかっているだけだと思う」

「ふーーん? じゃあ、クローバー・ジャックの方は?」
 
「う……ううんと……」

 別にウチのコト、絶対秘密にするわけじゃないけど……

 普通の家って、使用人さんたちを束ねる執事どころか、メイドさんとか運転手さんとか料理作ってくれるコックさんっていないよね?

 ど~~考えても普通じゃない以上。

 ここでいきなり『西園寺《ウチ》の『執事』のお孫さん』……とかって言いたくないなぁ。

 だとしたら、わたしと宗樹の関係って……なに?

 いずれ西園寺の『執事』になってくれるって言うのなら。

 わたし……宗樹の未来の永久就職先?

 うぁ……ダメだ~~

 そんなこと言ったら、絶っ~~対、誤解される。

 ん~~と、一番無難な関係は……

「えええっと……幼なじみ……かな?」

 今日まで、数回しか会ってないし、すっかり忘れてたけど!

 そんな苦し紛れの説明に、彼女は納得したらしい。

「そっか!」

 と。

 にっこり笑うと、わたしの手を取り……言った。

「クローバー・ジャックの幼なじみ、ってすごいね!
 あたし、井上《いのうえ》 真麻《まあさ》!
 ぜひ、お友達になってくれない?」

 オトモダチ!?

 とっても欲しかったその関係が、手に入ったのは嬉しかったけど……!

 この流れって、ど~考えても。

『クローバー・ジャックの幼なじみである』

 わたしと、友達になりたいっていうことだよね?

 それって。

 『世界屈指のお金持ちのお嬢さま』のわたしとオトモダチになってくれていた、前の学校の星条学園のみんなと、どーー違うんだろう?

 わざわざ君去津に来たのは、そういう損得抜きの『オトモダチ』を作りたかったからのはずだった。

「オトモダチになって」

 本当は、井上さんのそんな言葉から逃げ出したかった。

 ……のに。

 結局「うん、よろしくね」って言ってしまったのは。

 やっぱりわたし、見知らぬ場所で一人っていうのが淋しかったのかもしれなかった。

………………………………


………………

 

 

「君去津~~!!」



 ダイヤモンド・キングの高らかな声に、体育館にいるヒトビトが、一瞬緊張する。

 そして、次の瞬間。

 生徒だけじゃなく、先生達までもが拳をつきあげ、叫んでた。


「「「Cards soldier(カーズソルジャー)!!!」」」


 うぁああああ~~!!!!


 大きな歓声と一緒に、クローバー・ジャックの……宗樹のドラムが、会場一杯に響き渡る。

 すごい!

 すごい!!

 ここ、体育館じゃないみたい!!!

 ついさっきまで二人は、優秀な生徒会の役員だった。

 入学式の全体を取り仕切る要らしい宗樹が、影で次々と指示を出しているのを見た。

 そして、生徒会長の神無崎さん、メガネをかけた優等生然として、原稿無しで、堂々と新入生の歓迎のあいさつをしていたのに!

 彼らが、衣装とメークを改めて、演奏始めたとたん。

 入学式と新入記念写真撮影が終わった後の、静かな雰囲気をものの見事に吹き飛ばし。

 特に何の飾りもない普通の学校体育館が、あっという間にノリの良い、イベント会場に早変わりしたんだ。

 わたし、音楽好きだけど、毎日聞いてるのがピアノ曲ばかりだった。

 こういう軽音……っていうか、バンドのコトに詳しくない。

 普通なら、聞き慣れない曲ってあんまり好きじゃない事が多いけど。

 初めて聞くCards soldierの曲や歌はキライじゃない……って言うか。

 具体的に、大好きかも!

 聞いていると、心が持って行かれそうな熱い演奏に『魂』の絶叫って言うヤツが聞こえるような気がする。

 オトモダチなりたての井上さんが熱心にカタってくれたけど、宗樹がドラムで、神無崎さんがヴォーカルとギターの担当なんだって。

 一番目立つているのは、もちろん、ダイヤモンド・キングな神無崎さんだ。

 曲の途中でギターを弾きながら、神無崎さんは気持ちよさそうに、ステージ上を歩きまわっている。

 そして。ドラムスティックを器用にくるくる回して叩く宗樹のとこまで遊びに行く……というか。

 演奏の邪魔寸前まで、かまいに行くのが、二人、仲良さそうで良い。

 これはこれで、とても素敵なんだけど!

 いかにも助っ人みたいな、地味なバックバンドのヒトビト、少し多い……かな?

 ちゃんとしたCards soldierのメンバーで、ヴォーカルかギター専門のヒトを入れて分業するか。

 もしくはベースを入れれば、見た感じもバランス良いのになって素人でも判る。

 確かに、ここで新メンバーを増やすっての、正解かもしれない。

 でも。

 ステージで演奏しているのを見ると、キングはもちろん、宗樹だってかなり派手だし、演奏だって上手だ。

 生半可なヒトを入れても、助っ人にしか見えなかったりして……ははは。



 もしかして、今だって、バックバンドの中に助っ人じゃなくCards soldierの正式メンバーまぎれているなんて……ことは……

 二人きりの、トランプの兵隊《カーズソルジャー》じゃ淋しいもんね?

 抜けたスペード・エースって言う人が、どんな見た目かは知らないけれど。

 担当はヴォーカルだった、って井上さんから聞いてる。

 スペード・エースの抜けた今は、『歌聞いたら惚れるぜ』なんて、自信たっぷりに言い放ち。

 本当に歌が上手い、本業ギターのキングがヴォーカルも担当してるけど……

 そんな彼よりも歌えるか、ギター弾けるかしないと。メンバーも、ファンも納得しないだろう。


 わははは~~メンバー探し、大変そ~~


 Cards soldierは、元気な歌で会場を沸かせた後、とてもノリと手際よく、ステージ主人公を、新入部員を募集している各部活動の責任者に交代した。

 今日の入学式の次に大切なイベント、部活紹介が始まった……んだけど。

 今、Cards soldierが歌った後について、皆が大声を出したから。

 部活を勧誘するヒトたちも、発声練習になった上。

 緊張がほどけてステージと会場の雰囲気が、とてもいい。

 普段、皆の前に立ったり、大声を出すのが苦手そうなヒトビトも、楽しそうに自分の部の活動をアピールしてる。

 そっか。

 だから『君去津』Cards soldierなんだ。

 生徒会の役員が混ざってるから頭に『君去津』がつくんじゃなく。

 この高校に通うみんなのためのバンドだから、だ!

 派手な見た目と、歌の上手さだけじゃない。

 本当の人気っぷりが判ったような気がして、何だか顔が、にまにまする。

 初めて出会ったグループのはずなのに。

 こんなことが嬉しいなぁって思うのは、やっぱり宗樹がCards soldierに混ざってってるから……なのかなぁ?

 ………

 とても楽しい雰囲気で部活紹介がだいたい終わり、一番最後はやっぱり軽音部だった。

 改めてステージに上がった、ダイアモンド・キングに声援が飛ぶ。

 あれれ?

 ステージに上がったのは、神無崎さんだけ?

 宗樹、どこにいるんだろう?

 部活紹介は、大体二人以上、多いところは十人近くでわいわいとやっていたから、てっきり宗樹もステージに上がるもんだと思ってたけど。

 軽音部は、違うみたい。

 宗樹が、どんなふうに軽音部を紹介するのか聞きたくて、残念だったけど。

 部活紹介なんぞ、オレサマ一人で十分だ!

 って叫んでる神無崎さんの姿がすぐに想像出来て、なんか笑える。

 やっぱり出て来る、にまにま笑いを隠せずに、ダイヤモンド・キングのセリフを待っていると。

 とんでもなくキレイな音楽が聞こえてきたんだ。