委員会で遅くなり、荷物を取りに教室に戻った時の事だった。
「やっだー!やめてよね、ハルト!」
‘ ハルト ’
一瞬胸がドキリと高鳴った。
それは、百香の声のものだった。
ハルトと教室にいるのだろう。
まさか、浮気!?
こっそりとドアの後ろに隠れて2人を見ていた。
「俺たちの事、李依には内緒にしような」
・・・・・・嘘だ・・・・・・。
私の眉毛が、ピクリと上下に動くのが分かった。
何かのドッキリとかじゃないの?
何かで私を驚かそうとしているだけ?
「もちろんでしょ、あたし達の関係の事、李依になんか言えないよ」
百香は、唇に人差し指を当てて、内緒だよ、とまで言った。
嘘だ・・・・・・。そんなの、絶対に嘘よ。
なんなの?百香まで私を裏切るの?
親友なんじゃなかったの?
4ヶ月前、もうハルトなんか興味ないって言ってたよね?
どうしてなの・・・・・・。
目眩がして、ヘナヘナとドアにもたれながら床に座り込んだ。
【李依一緒に帰ろうぜ!委員会遅くなるなら、教室で待ってるから】
床に手をついたままで、教室で百香と一緒にいるハルトから連絡が来た。
何よ・・・・・・。
ずっと百香とイチャイチャしてたクセに・・・。
【じゃあ、教室で待っておいて】
ああいう場面を見てしまっても、やっぱりまだハルトと一緒に帰りたい。
そう思ってしまう私はバカなんだろうか。
「あ、俺この後教室残るわ」
「おっけー。じゃあまた明日!」
百香はスクールバッグを持って、教室を出ようとした。
まずい!バレる!
私は足音を立てないように、近くのトイレまで駆け抜けた。
急いで鍵を閉めて、はぁーっと大きなため息をつく。
まだ浮気なのかは分からない。
だって、ちゃんと映画にも誘ってくれたし、一緒に帰ろうとも言ってくれた。
「お前、単純な上に冷静なとこなんもねーな」
怜が呟く。
なんと失礼な。私だって冷静に考えられる事くらいあるし。
「おい、早く帰るぞ。ハルト待ってんだろ」
怜はハルトの味方なのか私の味方なのか、ちっとも分からない。
「・・・・・・分かったよ」
渋々頷いて、トイレを出た。
少し構えて、教室に入る。
「おう、遅かったな。 李依待つの、何分待ったと思ってんの〜?」
気分がいいのか、ハルトは私の腕に自分の腕を絡めた。
一瞬ビクッとしたが、なるべく嫌そうな顔を見せないように、私も微笑んで、その手を解く。
バッグを肩に掛け、教室を出て鍵を職員室に返す。
そんな当たり前の事なのに、ものすごく重く感じてしまう。
靴を履き替えて、校門を出た。
ああ、手汗がすごい・・・。
チラリとハルトを見ると、いつもと変わらない穏やかな瞳に、戸惑いも迷いもない清々しい顔。
やっぱりまだ好きだ。
「ねぇ、さっきから黙り込んでるけどなんかあった?悩みなら聞くけど」
いや、あんたの事で悩んでるんですけど。
「ううん。なんでもない、よ」
そして、また無言の空間。
こちらとしては、とても空気が重い。
でも、せっかく聞ける場面なのだ。
「ねぇ・・・・・・ハルトは、私のどこ、が、好きなの?」
思い切りの質問。
ハルトは、ちゃんと答えてくれるのだろうか。
「俺は李依の全部好きだよ」
ハルトはさらっと口にした。
心臓が、ドクドクと大きな音を立てる。ハルトに聞こえてないだろうか・・・。
ていうか、あの状態では百香の方が好きだったんじゃないの?
もう・・・わかんない・・・。
「じゃあな、また明日!」
気がつくと、私の家の前まで来ていた。ハルトは、いつも私の家まで送ってくれるので、今日はここまでだ。
「うん、ありがと。またね」
ドアを開け、ハルトと目を逸らして言った。
中に入り、数秒間深呼吸する。
今日のハルトは、百香といる時以外普通で、私と帰る時も普通に接してくれていた。
やっぱり、百香の件はまだモヤモヤするけど。
「ふはーっ、やっと家帰ってきたー」
怜だ。
怜の家じゃないっつーの。
頭の中の怜と同じ体制をとる。
そのままベッドにダイブすると、ベッドが軋んだ苦い音が鳴る。
「なんかすっげー久しぶりの学校だったわ」
「・・・・・・ねぇ、怜って何者?生きてるの?」
寝転がって天井を見上げたまま聞いた。
「今更かよ。うーん・・・・・・生きてるっつーか・・・・・・俺も分かんねーや」
「学校は行ってるの?」
「いや・・・・・・分からん」
「全部分からないんじゃん」
冷静に突っ込んでみた。
ほら、私だって冷静になって言葉にするくらい出来るのよ。
まだ私の事、少ししか知らないような人に言われたくない。
「全部聞こえてるんだけど」
今度は、私よりもっと冷静で無神経な声が返ってきた。
こうやって私が考える事全て怜に分かってしまうのは、なんというか、めんどくさい。
こんなのじゃ、私に秘密があるとして、それを隠し続けても、最低怜にはバレるってことか。
なんか、嫌な感じだ。
「んじゃあ、明日のために早く寝ようぜ」
怜が張り切った声を出した。
結局、ヘアピンの事は、ハルトに気づいて貰えなかった。