AM、五時。

まだ弟達は寝ている時間だ。
私は静かに起きて、寝室と子供部屋の前はゆっくりと歩いて、リビングの戸を開けた。


「おう、李依か。 早いじゃないか」


一番早く起きていたのは、父親だった。
というか、起きてすぐに水を飲みに来ただけだと思うけど。


「・・・・・・うん」


話す機会がない父親と、どのような会話をするのが正解か分からず、微妙な返事を返した。

それでも父親は穏やかな顔の表情一つ崩さず、水を飲んでいる。

水を飲む時に鳴る喉の音と、私がフローリングの上を靴下で歩く、パタパタという効果音。時折父親に目をやるが、私を気にしている様子は伺えない。


「もう学校に行くのか?」


制服の姿でリビングを出ていく娘にわざわざ声をかけて欲しくないと思いつつも、私はしぶしぶ頷いた。


「そうか・・・・・・李依も青春をしているんだなぁ」


しみじみといった感じで私を見る父親に、妙な居心地を感じる。

何だか、法事の時に主役ではない私に話しかけてくる見た事の無いおじさんのような落ち着きだった。

ハルトと付き合っているなどとは一言も言っていないのに、もしかして勘づいているのかな・・・・・・。

一番見ていなさそうな父親に気づかれるのは、やっぱり親だからなんだろう。


「行ってきます」


朝で誰も歩いていない道路を走った。
走る度になるスニーカーの音がとても心地よかった。


「なぁ、どこに行くんだよ、こんな朝早くに・・・・・・」


いつも私を朝早くに起こしてくる怜が何言ってんだか。


「ハルトの家だよ」


怜は、犬のように耳をピクンと反応させて、私を凝視した。


「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」


すっかり走り疲れて息が荒くなっている。
私はよく見る灰色の電柱に手をついた。

まだ寝ているのか、ベランダの窓は開けっ放しになって、白いカーテンがふわりと外側に波打つ。

見た事の無い小鳥が私の前を通り過ぎて、ハルトの家の屋根に乗った。

朝日に小鳥が横切って、一瞬朝日は通り道になる。


「春だ・・・・・・」


当たり前の事を呟いた。


こんなに綺麗な朝日を見た事はあっただろうか。


今まででこんなに綺麗な春は見ていない。

やっぱり私は春が好き。

たとえ恋人が夏が好きだって、私は春が好きだ。


「ハルト、まだ起きてねぇみたいだな。 起こしてみるか?」


怜が不満そうに私に聞いた。


「ううん、ここで待つ。 どうせ学校行く時出てくるし」


こうやって自分の意見を言う事が出来ている事に歓迎する。

きっと一年前の私では、怜が言った通りにしているだろう。

また大声で叫ぶのはしないかもしれないが。