あの日からあいつが頭の中で暴れ回っている。

「ねぇねぇ、今から海行こーよ」
「喉乾いた気がするー」
「あ、俺の前で刀振り回したヤツの事考えているな」


うるさい。


そう考えても文句を言われ、わけの分からない事を言い出すし、早くどこかに行って欲しい。

授業中でも容赦なく私に話しかけてくる。


そもそも誰なんだろう。
いつからか、何も気にせずにあの人の事を放っている。


「・・・・・・で、あんた、名前なんて言うの?」


初めて私から話しかけてみた。


「怜」
「・・・・・・ふーん。 怜、なんで私の頭の中にいるの?」

ふと気になってそんな事を聞いてみる。

「・・・・・・さあな。 俺もなんか分かんねぇ」



私の方があんたの事分かんないんですけど。



「そんな事よりさ、俺、さくら幼稚園っていう幼稚園に行きたいんだ」


「は?」


唐突な発言に、私は戸惑う。
さくら幼稚園の事は私も知っている。
私も通っていた少し古い幼稚園だ。

遊具もサビかかっていて、教室の雰囲気も、何年も使っているような事が一瞬にして分かる。
だけど、先生達は明るくてよく遊んでくれたりしていた。

私だってたまには遊びに行ってもいいなと思う。

しかし、なんで怜が知っているんだろうと、不思議に思った。


「なんで?」


全然良かった。
でも、幼稚園なんかに何の用だろう。


「俺久しぶりにあの先生に会いてぇんだよ」


「え、怜ってあそこの幼稚園出身?」


そうだよ、と嬉しそうな笑みを浮かべる怜は、私の頭の中で踊り回る。

はぁ〜と私もため息をつく。

枕に本を何冊か放って、私自身もベッドに放り投げる。

ホントに怜は分からない・・・。


いきなり現れては私の頭の中に住み着いて、
いきなり幼稚園に行きたいなんて言い出して・・・・・・。

私だってテストとか授業があるのに・・・。

なんにも考えてなさそうな怜を見ているととてもイライラする。

本の中身も全く頭に入ってこない。
本をもう一度閉じて、ベッドの上をゴロゴロした。

「なぁ、明後日の朝イチに行くぞ」


「え!? 早すぎじゃない?」


「早くねぇよ。 俺はお前が起きてくれれば俺も起きられるんだからな」


変な理屈をこねてくる。
という事は、怜は私が起きれば怜も目が覚める。
私が何かを食べれば怜も何かを食べたという事になるのだろうか。



私はこれまでいくつもの疑問を怜に対して持っていた。



だけど、怜の方だって私に対しての疑問は少しくらい持っているはずだ。しかし、何も聞かないという事は怜は私の事を全て分かっている。

そういう説も出てくる。色々と考えるせいで頭痛がしてきた。


ダメだ。
もう考えないようにしよう。


私は眠気と戦う怜の事を思い、早めに寝る事にする。

シンプルなパイプベッドに無地の掛け布団。女の子の要素が1つもない。スチールのデスクと本棚を眺めていた怜は退屈そうに私に言った。


「お前の部屋ってなんか変。 ホントに女子かって感じ」


「う」


声にならない私の声が部屋に響く。
ちゃんとした女子だし。私だって彼氏に「そういう他の子と違って左右されないとこいいと思う」って言われたんだし。


それって褒め言葉なのか分からないが。


「なあ」
「はい!?」


いきなりの会話2にびっくりし、飛び跳ねて返事をしてしまった。


「それ、褒め言葉じゃねーだろ」


どうやら聞こえていたみたいだ。

褒め言葉ではないが、私は彼のハルトが初めて話しかけてくれた言葉だから、私はその言葉が大好きだ。


優しくない、彼の愛しい言葉が。


「褒め言葉じゃなくても好きなんだし」


「李依の彼氏か? なんだっけ・・・・・・ナツト?」


「・・・・・・ナツトじゃないし。 ハルトだし」


「なんでもいいだろ」



つい反撃したくなる。

ハルトの事を馬鹿にされるのは慣れていた。親友と言える仲の百香はハルトの元カノで、ハルトの悪い所を沢山知っている。

それは時に、私が嫉妬をする材料でもある。

百香は知っているハルトでも、私は知らないハルトがいる。二人が別れた後でも、百香達はよく遊んでいた。

今では私という彼女がいるからか、二人は挨拶程度になった。

しかし、本当は二人で出掛けたいなどと思ったことがあるのだろうか・・・・・・。


「お前なぁ・・・・・・そのハルトってやつ、ホントにお前の事好きなのか?」


私も不安になっている。

優しいハルトの事だ。本当は百香が好きでも、私が悲しむからというような理由で別れない、そういう事も有り得る。

私は唇をひと舐めして、答えた。


「ハルトは私の事好きだよ」


「自信ないくせに言うなよ」


いつもよりマイナス5度冷たい瞳が私の心を突き刺した。



〝自信ないくせに言うなよ〟




そんなの、私が1番分かってるし・・・。