だんだんと桜が散っていき、葉桜になりかけていた。

学校の屋上から見る夕焼けの手前にある桜の木が、とても綺麗に見える。

私も、人からそうやって綺麗だと思われた事はあっただろうか。
ハルトだって今は思っていなかったりしてるのかな・・・・・・。

それだったら、ちょっと悲しい。


一人、私は自販機で買ったカフェオレをすすった。
甘くて苦い、コーヒー独特の味が、喉を通過点にして私の体へと入っていった。


「ハルトと上手くいかないのって、俺のせい?」


怜が言う。


「え? 今頃なの?」


「わ、悪かったな! だってお前が俺のせいだとか言うから・・・・・・」


人差し指で左の頬をかく姿が脳内に映し出された。
へぇー、怜ってたまには人の事考えんじゃん、


「別にはっきり怜のせいだとは言ってないよ。 ただ、あそこであんな風に言わなければなぁ〜とか思っただけ。 私の自己中で納得出来ない性格のおかげだよ」


わざわざ ‘ おかげ ’ という言葉に変換して嫌味っぽく言った。
自分に納得のいっていない人間って、世界に何人くらいいるのだろう。


「お前っていつも自分を貶すよな。 なんか一つくらいは自慢に出来る事とかないのかよ」


のんびりとした声が帰ってきた。


自慢に出来る事・・・・・・か。

考えた事もないし、人に褒められる事も多くない。
むしろ他の人に比べればダントツで少ない方だ。


「強いて言うなら、人をよく見てるとこかな。 よくハルトにも言われたし」


「面白くねぇな」


ため息混じりの感情のこもっていない声が聞こえた。
私だって、面白い人間に産まれたかったし・・・・・・。


あーあ、こんな時、ハルトならすぐに私を慰めてくれるのになぁ・・・・・・。

まあ、慰めないで放っておくのも一種の優しさなんだろうけど。

怜はいつも優しくないし、上から目線だし、あまり私が好きになれるようなタイプではない。

でも、その代わり、かなりのイケメンだ。
もちろんハルトの方が大好きで、言葉に出来ないけど、怜も嫌いというわけではないのだ。


「ふーん、優美って俺の事嫌いではないんだ」


案外、無表情で言われたものだから、私は少し肌が熱くなるのが分かった。


あー!
もう何も考えないようにしよう。

私の人生のストーリーは、考えすぎってとこがダメなんだから!

残りわずか一センチとなったカフェオレを、ストローを抜いて一気に飲みほした。


私はカフェオレのパックを捨てに、屋上へ上がるための階段を降りた。

そして、自販機の隣にある、よく公園などで見かけるようなゴミ箱に投げ捨てた。


カコーン!


と、シュートが決まった音がした。
見事に真ん中あたりを、狙ったかのように入った。


「ナイッシュー!」


ナイスシュートを省略した言葉が頭から帰ってきた。

私も腕をあげてガッツポーズを作る。


「今の、ナイスシュートだったな」


うんうん。
より近くで聞こえるような気がしたが、迷わずにこくこくと頷く。


「いや、俺なんも言ってねぇよ」


怜が笑顔を引きつったような作り顔で私を見た。

え?

怜じゃない・・・・・・?


「よ、ちょっとどいて」


ハルトだった・・・・・・。
どうやら、サッカー部の練習の途中らしい。
肩にタオルを掛けて、ユニフォームのまま、汗だくで現れた。

つい話しかけてくれるのは怜だと思っていたので、まさかのハルト登場に、腰が抜けるほどビックリした・・・・・・。

ハルトが近づくにつれて私も後ろに引き下がる。

ハルトは、そんな私に構わず、鼻歌を歌って自販機を見ている。

時々うーんと顎に手を当てて、何を買うか悩んでいる様子だった。


「よし!」


普通のミネラルウォーターのボタンを長押しして、中でガランゴロンと大きな音をたててミネラルウォーターが落ちてくるのを見下げて待っている。


あぁ、やっぱりハルトは背が高い・・・・・・。


自販機と同じくらいの背丈のハルトは、飲み物を選ぶのにも少し前かがみになって選ぶ。


少し前まで雲の上の人だったハルトがここにいるんだ・・・・・・。

いつも一群男子の中で一番のイケメンで性格も最高な彼を、憧れから恋愛対象に変わって行った女の子は、そう少なくないはずだ。

告白される女の子は、先輩後輩に関係なかったらしい。

よくクラスの子達が、ハルトへの告白シーンを見たと騒いでいた事を、今になって思い出した。

私はそれを、興味がなさそうに聞いていたフリをして、本当は告白に対してオッケーしていないか、心臓がうねるようなスピードで鼓動が早くなっていた事をまだ誰にも言ってはいない。


「じゃあ、俺もう行くわ」


ミネラルウォーターのペットボトルを片手で持ったハルトが、私に手を振った。

何だか私は、そこでハルトを引き止めたくなってしまった。

私は無意識と言っていいほどの強い声でハルトに向かって言った。