しばらく行った所で、ハルトの家が見えた。

表札に、「神田」の文字。


「・・・・・・ここ、か?」


着いた事を怜に伝えると、妙な戸惑いを見せた。
一瞬眉をひそめ、すぐに理解したような反応をする。

何かあるのかな・・・・・・。


「へぇー、ここがハルトの家か・・・・・・」


一人でうんうんと頷いていた怜を脳内で観察していた。
時々上を見上げてソワソワしたり、ベランダを見てじっと、時間が止まったかのように突っ立っていたり・・・・・・。

怜はこれからどうするつもりなんだ・・・・・・?


「おい」


私の脳内データを見たみたいに、怜は私に声をかけた。


「何?」


「ハルトを呼んでくれ」


ドキリと胸が大きく跳ね上がる。

ど、どういう事だ・・・・・・。
呼べって、何の話よ。


「呼べって・・・言われても・・・・・・」


「普通にハルトーってベランダ向かって叫んでくれればいいからさ。 多分聞こえるだろ」


またしても自己中な怜の無理難題な言葉。
呼んでどうするの?

怜とハルトとは話なんか出来ないのに。

それとも、私がハルトと仲直りしろって事なの?


ダメだ。
余計な考えをするから私は変に勘違いをしてしまうのだ。

そんな無理強いしたってどうにもならないって!

もう・・・・・・なんで私がー・・・・・・!

しかし、呼ばないなら呼ばないで怜に怒られそうだ。


そして、私は仕方なく息を大きく吸った。


「はっ・・・・・・ハールートー!!」


近所迷惑であろうこの行為。

私はなるべく私の声だと分からないようにするため、鼻をつまんで自信なさげな声を張り上げる。

ちょうど塀の近くにあった電柱の影に転がり込む。


向かいにあるマンションの最上階のベランダから、不審そうに私を見ている人が二人。

そりゃそうだ。

ご近所の皆さん、ごめんなさい。
と、謝った時、近くで扉の開く音がした。

感覚でマズイ、そう思えたのもつかの間。

私は反射的にさっき来た道をダッシュで引き返した。


「わっちょ!? おい! なんで戻ってんだよ!!」


怜が怒った声が聞こえたが、もう気にしないで私は全力で逃げた。

暑さと戦いながらも、私は「成瀬」の表札へ向かう。


「ちょっ・・・・・・なんでお前逃げんだよ! せっかくハルトに会えそうだったのに!」


珍しく本気で怒っている怜の目は、微妙に潤んでいた。

まさか・・・・・・泣いてる?

泣く寸前のような感じだった。


「ご、ごめん・・・・・・。 でも、いきなり呼べって言われるこっちの気持ちも考えてよ!」


私も声を荒らげた。

怜は、やっと落ち着きを取り戻したのか、小さく深呼吸をした。


もう無言の時間に入ったみたいだ。

私は諦めて脱ぎかけの靴を玄関の床に力強く置いた。


「おかえり、姉ちゃん。 どうしたの?めっちゃ汗かいてるけど」


ゲーム機を片手に持った弟の哲が階段を降りてきた。


「なんでも・・・・・・。 ねぇ、ご飯まだ?」


不思議そうに私を見ていた哲から視線を外し、冷蔵庫の前に立っていた母親に声をかける。


「まだよ〜」


次に来る、「何が食べたい?」のセリフを避けて、私はぐるっと百八十度回転して部屋まで全力疾走した。

あぁ、今日は走ってばっかりだ・・・・・・。


「優美が好んで走ってるんだろ」


やっと口を開いて私に放った言葉は、それだった。

冷たいやつ・・・・・・。


私はすぐさま部屋に入り、ドアを閉じた。

明日、ハルトに絶対に何か言われるだろう。
と、予想をする。

あぁ、学校が憂鬱になる・・・・・・。