学校へ行く為に電車へ乗る。

7時7分発。満員電車。

通学には一時間以上もかかる。

なぜそんなに遠い所を選んだのかといえば、中学の同級生がいないからだ。

——誰かが咳き込んだ。

私のせいだろうか。

長時間、同じ場所にいると怪物が姿を現わすことがある。

私は次の駅で降りた。

遅刻してもいい。自分のせいで周りに迷惑をかけるくらいなら。

そうこうして、ようやく校門に辿り着いた頃には時間ギリギリだった。

門を閉めようとしていた教師が尖った視線を向けてくる。

仕方がない。今期だけで数十回も遅刻を繰り返している私が悪い。

……私が悪い? 怪物のせいでしょう。でも、怪物は私の中で息を潜めている。

「うわっ、○○○」

擦れ違った男子が私を横目に見て暴言を吐き捨てた。

気にせずに下足室で靴を履き替え、廊下を渡り、長い階段を上がる。

ようやく着いた教室で自分の席につく。

—— チッ。

後ろの席の男子が舌打ちをした。

教室にいた別のクラスの生徒が、物珍しそうに私を見る。

いつの間にか、また怪物が姿を現していたのだろうか。

私の中にいる怪物は、ほとんどなんの前触れもなく顔を覗かせる。

だから、他人に迷惑をかけないように対策を講じることは出来ない。

仕方ないじゃない、と開き直る気持ち。

ごめんなさい、と自己嫌悪に陥る気持ち。

それらが不定期に私の心をざわめかせる。

——チャイムが鳴った。

教師が入ってくる。扉が閉まる音が鼓膜をつんざく。

脳裏にお父さんの溜息が蘇る。

私はまれに、学校へ、いや他人にすら会いたくなくて自宅のトイレに閉じこもる。

すると、彼は決まってトイレのドアを蹴飛ばすのだ。

そして、同時に深く息を吐き出す。

父親が出社した後、お母さんは登校させようと激しくノックを繰り返す。

全ては、娘にまともに生きて欲しい故だろう。

けれど、私は怪物なのだ。

怪物はまともには生きていけない。

周りの人達は怪物の存在に気付きながらも、見て見ぬフリをしている。

あるいは、あからさまに迫害する。

私の中には、名の知れぬ怪物が身を潜めているのだ。

この先、まともに生きていくことは出来ないだろう。

今だって、真っ当な生活は送っていない。

同級生は、勉強や部活、恋愛に悩んでいる。

けど私は、いつ怪物が自分の中から姿を現わすかビクビクしながら、それだけを心配に日々を過ごしている。

これに、仕事が加わるのだ。

お金を稼がなければ生きてはいけない。

怪物に魅入られた私に、将来などない。

この先も辛い思いをするくらいなら——。

気付けば、私は鞄から果物ナイフを取り出していた。

刃先で喉仏の近くを何度も、何度も突き刺す。

頸動脈が切れたのだろうか。一気に血が噴き出した。

教室中が悲鳴と怒号に包まれる。

今の行動も怪物がしたのだろうか?

もう、自分と中にいる怪物の区別もつかない。

けど、これでいい。

なぜか、すごく心地いい。

もう、心配事もない。辛い思いもせずに済む。

ただ、一度でいいからまともに生きてみたかった。

好きなアーティストのライブに行ったり。

彼氏を作ったり。

何の気兼ねもなく外出したり。

でも、もういい。

これが私。

そう、怪物に左右などされていない。

果物ナイフをキッチンからくすねてきたのは私。

喉仏の左右どちらかを突き刺せば頸動脈を切れると調べたのも私。

私が死ぬと決めた。紛れもなく。

最後くらい、自分らしく生きれてよかった—— 。