「ええ、っと……モデルって……?」

 「……だめなら、ぜんぜん。いいんですけど」

 「……」

 パシャ。独特のシャッター音が鳴り響いて肝が冷えた。見ると日立さんの顔は、彼女が手に持ったスマホの裏に隠れていた。

 「ただしあなたの所業をバラまきます」

 「ああわかった! やる! やるから!」
 
 あぶない。男としての尊厳と学校生活をうっかり失うところだった。

 それにしても意外だ。いままで接点がなかったとはいえ、日立さんがこんな風に取引を持ちかけてきたり、強引に迫ってくるような人だとは予想もしていなかった。

 「それじゃああの、さっそく明日の放課後とか、大丈夫ですか」

 「え? ああ、うん。いいよ」

 「ありがとうございます。じゃあ」

 日立さんは、小さな身体で大きな荷物を抱えて引き返し、俺の前から姿を消した。ドアはちゃんと閉めていってくれたみたいだ。

 「……」

 教室に1人、取り残された俺は、しばらくの間呆然としていた。
 そうしているうちにスマホを持つ左手がすうっと、勝手に持ち上がって、

 パシャリ、とシャッターを切った。
 
 
 ──こうして俺は、本日の任務を終えた。

          *

 「ただいまー」

 家の玄関で靴を脱いでいたら、廊下の先から兄がひょっこり顔を出した。

 「おー、蒼。今日のやつはどうだった? 新作だから着心地はサイコーだったろ」

 夕食の支度をしていたのか、着ていたエプロンの紐をほどきながら兄が近づいてくる。

 「俺、モデルになっちゃった」

 「はあ?」

 兄は素っ頓狂な声をあげた。しかしすぐに、「なに言ってんだよいまさら」と呆れたように切り返してくる。

 「おまえはまえから、この若嶋朱斗という天才デザイナーが店主を務める『kiss×miss』の専属モデルだろう」

 「うっ」

 俺の兄は美大を卒業してすぐに店を開業した。デザイナーとはいっても、デザインのみにとどまらず服の制作も手がけている。従業員も友人やその知人ばかりで店自体も大きくはないけど、一点ものを欲しがる若い女の子の層には人気を博していて、『kiss×miss』は近所ではちょっとした有名店だ。