4時手前くらいに俺は2年3組の教室に戻ってきた。予想通り、教室にはだれも残っていなかった。
グラウンドから「ファイオー、緑高」というかけ声が響いてくる。どこかの運動部がランニングでもしているんだろう。中学のとき、俺も似たようなことを部活でやらされていたけどあれは結構きつかった。
いま一度教室内を見渡す。バッグを自分の机に置いてから、廊下にも人気がないことを確認すると前と後ろのドアをどちらも閉めた。
だれかに見られでもしたらたまったものじゃない。
俺は自分のネクタイに指をかけた。
ネクタイをしゅるりとほどく。その次にはジャケットを脱いだ。椅子の背もたれに投げるようにして引っかける。
ブラウスについたボタンを、上からひとつずつ、ひとつずつ外していく。ジャケットとおなじようにまたブラウスも脱いで椅子にかけた。次はベルトだ。金具を外して、腰から引き抜く。
──これは"仕事"だ。
凪都には『家の手伝い』と言ったけれど、あれはじつのところ完全回答じゃない。
俺は着替えを済ませるとなにもない机の上に腰をおろした。これで準備は整った。スマホをやや上から構えて5秒後、自動的にシャッターが切られた
まさにそのとき。
「若嶋さん?」
俺以外にはだれもいないはずの教室でも、シャッター音と、小鳥がさえずるくらいの囁き声はよく響いた。
「……ひ、たち、さ」
日立七沙だ。
面と向かって彼女と言葉を交わすのはこれが初めてだ。
ついでに青と白の清純系セーラー姿を見られるのも。
「…………」
ピンクベースのナチュラル☆イマドキメイクに、
黒のロングウィッグをツインテールにカワイク仕上げて、
頭のてっぺんから足の爪先までばっちり性改造された男子高校生、若嶋蒼衣。彼はこうしてクラスメイトの日立七沙さんとのファーストコンタクトを迎えた──
わけだが、
正直穴があったら墜ちたい。どこまでも。