コントロールが利かない岩だらけの流れの中を下って追いかけることは、昇さんでも無理だった。

どうやって渡り切ったかわからないけど、あたしたちはとにかく夢中で岸に上がって、川下に向かって走った。


阿久津さんは、すぐに見つかった。

どれほど流されてしまったかと思ったのに、しばらく走ったところで、大きめの岩にもたれかかっているようだった。


だけど、もたれかかっているわけじゃなくて。

たまたま、そこにひっかかっているだけだと、すぐにわかってしまった。

腕に力はなく、波にまかせて揺れていて、身体じゅうあちこちが切れて皮がめくれているような所もあって、日焼けしていない背中の血の気は消え失せていた。

蝋人形みたいだった。

これは阿久津さんで、まだ生きているかもしれない、そう思いたいのに、なんだか得体の知れない気味の悪いものを見てしまったような気持ちでいっぱいだった。


昇さんがまた河に飛び込んで、阿久津さんの元へと向かった。

だけど阿久津さんの顔を見た途端、足を止めて引き返してきた。

その様子を、あたしは他人事みたいに眺めていた気がする。


「行こう。風邪をひくぞ」


昇さんが、そんなようなことを言って、あたしの肩を重く叩いた。



その後、あたしたちは何事もなかったみたいに歩いた。

というか、何も考えたくなくて歩いた、が正しいかもしれない。


何も言わない昇さんのあとをただ黙々とついて行った。


雨の日は暗くなるのが早くて、あと少しのはずのゲニムには着かないまま日没になった。


あたしは唯一の出来ること、天幕張りをいつものように済ませて、渡河で使い果たしたカロリーをもうこれ以上使わないようにと、天幕製の寝袋を準備する。


「阿久津の形見だ」
「え?」


そう言って、昇さんがくたくたのバナナを差し出してきた。


「渡ったらみんなで食おうと思って、3本だけ軍服に挟んでおいたんだ」
「昇さん……」
「阿久津のぶんは半分に分けよう」


それは、潰れて、灰色みがかった中身が飛び出した、どうみてもゴミみたいな姿のバナナ。

だけど、朝食べたのと同じ味がした。

最高の朝だった、あの時の空気が蘇る。


『しっかり食っで、河を渡っだらゲニムだ』
『松田、俺らは死なねえよ?行ぐべ』


…………っ。


「死なないって…、言ったのに…っ。阿久津さんの嘘つき……っ!」


ゲニムはすぐそこなのに……

あたしたちはまた大切な仲間を失った。

阿久津さんの大きな笑い声も朗らかな歌も、もう聞こえることはない。

バナナの甘い香りが天幕の中に空しく漂っているだけだった。