でも、もしかしたらそれは俺が勝手にそう思っていただけなのかもしれない。

翠はいつもワガママで。それを少しばかり鬱陶しく思っていながらも、そのワガママは俺にだからこそ言えるものなんだと。そう信じて、むしろ喜ぶべきだと言い聞かせていた自分がいる。

俺は翠の、何を見ていた?

翠は俺に、何を求めていた?

「くっそ!」

中庭へと続く通用口に置かれたバケツを思い切り蹴り上げると、それは壁にぶつかって鈍い音を立てて転がる。

もう、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。頭を引き寄せて耳元で囁いたり、腕を絡ませたり、好きじゃない相手にすることじゃない。

でも、俺に見せてくれた翠の笑顔は紛れもなく俺だけに向けられたものであって。


何を、信じればいいんだ?


モヤモヤしたまま、俺は素早く練習着に着替える。こんな時こそ、頭を動かさずに思い切り体を動かしたい。

「遅くなりました、すいません」

「おー、走って来い!」

腕組みして練習する生徒を眺めていた顧問がアゴで中庭を指す。

「はいっ」

軽い準備運動をしてから、芝生の敷かれた中庭へと足を踏み入れる。グラウンドとは違うそのフワッとした感触を足裏で確かめるように一歩一歩前へ。

何も考えずに頭を真っ白にしてひたすら前へ進む。

だんだんと浅くなっていく呼吸、まとわりつくジメッとした空気。

何周か走ったところで、集合!というコーチの声に我に返る。

今は、練習に集中することだけを考えよう。

思い思い、ボールを触っていた部員たちも小走りでコーチのもとへと向かって行く。