「一紫!」

球技大会の日は部活がない。前から約束していたパンケーキの店に寄って帰る日だ。

靴箱の前で待ち合わせた翠が小走りで俺の方に向かってくる。相変わらずの鈍臭い走り方に思わず笑みがこぼれる。

「ちょっと、何笑ってるのよ?」

「いや、そんなフォームじゃ100メートル30秒くらいかかるだろうな、と思って」

「なによもう!そんなこと言うならもう帰ろうかな」

膨れつらも可愛い。

やっぱり翠は、俺の癒しだ。モヤモヤした気持ちもスッとどこかへ行ってしまったようだ。

「あはは、ごめんごめん」

「もう!」

球技大会を終えた後とは思えない爽やかな笑顔で俺の手を握ってくる。その華奢な手を守るように握り返す。

その白い腕の内側に、赤い斑点のようなアザが見えた。翠の腕を持ち上げるように顔の前まで持ってくる。

「どうした?バレーボールか?」

「あー、うん。結構頑張ったんだけどね、二回戦で負けちゃった」

「そっか。痛むか?」

「ううん、大丈夫」

「帰ったら冷やしとけよ」

「うん、ありがと。優しいね、一紫は」

「は?普通だろ」

少し頬を赤らめた翠が俺の視線を捉える。恋人同士の甘い会話に2人で酔いしれてる、そんな感覚だった。

こんな風に、ちゃんとした彼女がてきたのは初めてで。俺の何気ない一言にいちいち反応する彼女に、少なからず俺は戸惑っている。

まだ、恋に慣れてないんだ。でもそんな余裕のないところはバレたくなくて、必要以上にお喋りになってしまう。