「虹ちゃん、鼓太郎くん。朱里の絵を貰ってくれないかしら」

私が落ち着くのを見計らって、朱里のお母さんが部屋のクローゼットから数枚の絵を取り出す。

「わあ、懐かしい」

中学の時に一緒に海に行って描いた絵。

これは進路に迷っていた頃の絵。

どれもこれも私にとっては思い出深い絵たち。

「全部飾るわけにもいかないし、かと言ってずっとしまっておくのもなんだから」

お母さんは愛おしそうに朱里の絵を見つめる。

「ありがとうございます」

「じゃ、俺はこれにする」

あれこれ眺めていた鼓太郎が選んだのは高校に入ってすぐに描かれたもの。鼓太郎も一緒に行った水族館のイルカがモチーフになっているカラフルで元気な絵だ。

「いいね、鼓太郎らしい」

「そか?」

愛おしそうにその絵を手に取る。

きっとそれは、第一歩を踏み出そうしている鼓太郎に勇気を与えてくれるだろう。

「私は、これ」

悩んだけど、今の私にはやっぱりこれかな。

中学卒業間近。

まだ見ぬ新しい世界に、大きな希望と少しの不安を抱えていた頃。

満開の桜の並木道。

桜のトンネルを抜けたその先には眩しく光る新しい世界。

その頃の朱里の気持ちが本当に手に取るように分かって、彼女らしい感受性豊かな表現に感心した。

「うん、虹っぽいな」

「……うん」

久しぶりに触れたキャンバスは暖かく、そしてズッシリと重く感じた。

朱里が描いた絵。

朱里が描いた想い。

まさかこんな形で私の手元にくることになるなんて思いもしなかったけど。

ありがとう、朱里。

大切に、大切にするね。

桜色に染まったキャンバスを胸にそっと押し当てる。