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ピピ ピピ

脇の下に挟んだ体温計をお母さんが優しく取り出す。

「……8度5分もあるわよ。今日はやっぱりお休みしなさい」

さすがにその数字を聞いたら学校へ行く気も失せた。そりゃ頭も痛いわけだ。

「ねーちゃん、かぜ?」

心配してんだかなんだか、空が歯を磨きながら部屋を覗いてくる。今日も寝癖が酷い。

「あんたは早く支度しなさい!」

ほら、怒られた。

「とにかく、薬飲んでおとなしく寝てなさい。何かあったらすぐに連絡してね」

「……はーい……」

しばらくバタバタと慌ただしいいつもの朝の音が聞こえていた。

2人が出て行ってしまうと、まるで世界中に私しかいなくなってしまったのではないかというほどの静けさに包まれた。

それはまさにたった1人の船出のようで。
青い空、夕焼け、暗闇が訪れる前の静かな紫、そして暗闇の夜。

乗り込んだ私の船は、今は紛れも無い闇の中を彷徨う迷い船。

重たい体を起こして、本棚に飾ってある空の絵をパタンと伏せる。

かわりにシャッと大きな音を立ててカーテンを開ける。

そこには澄んだ青空。

窓枠で切り取られたそれは、絵本の中の1ページのように現実のものとは思えなかった。

「とにかく、もう一紫には近づかないで!」

昨日小岳さんから言われた一言が頭をよぎる。

そりゃ、熱もでるよね。

ああ、何でこんなことに……?

何であそこまで言われなきゃいけないの?

こんなことで学校を休むなんて、負けを認めたようなもんだ。

頭は、行くべきだと言っている。でも、体はもう無理だと叫んでいる。