「さ、戻ろうか」

そんな翠は、どうして俺と一緒にいるんだろうか。翠が俺に、何を求めているのか。

そんな薄い雲のかかったような俺の気持ちはよそに、立ち上がる俺に手を差し伸べ笑顔をくれる翠。

「うん、また一緒に食おうな」

俺を好きだと言ってくれて、こんな笑顔を見せてくれる。もう、それだけでいいんじゃないのか?

価値観が全く同じヤツなんているわけない。ましてや女子の気持ちなんて、男子には理解し難いものなんだ。

そう言い聞かせ、翠の小さな手を取る。



『モヤモヤした気分は、ただ空間を漂うだけ』

部活終わりの電車の中。開いたタブレットの画面に見えるのはナナの書いた呟き。

ナナは今、何を考え感じているのだろう。親友を亡くし、ポッカリと空いた穴を必死に埋めようとしている虹。その空虚な気持ちが2人を重ねる。

『価値観が違うのは当たり前』

そう、呟いてタブレットを閉じる。

考え方が違う人に自分の考えを無理やり合わせたり、合わせてもらったりの繰り返し。そんなの本当はしたくない。

でもそれが、この社会で生きていくには必要なことなのは誰もが知っていて、みんなその狭間でもがいている。

俺だってその1人。

クラスや部活の仲間たちと笑い合い、うまくやっていこうとして自分の気持ちを抑えることだってある。翠との関係も、それと同じだ。

価値観が合う人なんて、そう簡単には出会えない。

でも、人の気持ちなんて簡単には変えられない。

いったい、俺はどうしたいんだ?

こんな風にずっと周りに合わせて生きていくのか?