いつものように無言で教室に入る私の姿を見て、真っ先に寄って来てくれたのは木下さんだった。

「おはよ、虹」

「おはよ」

もちろん、朱里のことは耳に入っているはずだ。次に来る言葉はだいたい想像がつく。

「久しぶり、だね」

「うん、そうだね」

大変だったね、大丈夫?事故だったんだよね?

「英語の宿題終わった?」

「えっ?」

予想外の質問に、軽く面食らってしまい木下さんの顔を見る。そこには夏休み前よりも焼けた笑顔。なんら、変わりない。

「うん、終わったよ」

「さすが虹!最後の2ページだけ、写させて!」

大袈裟に拝むポーズを見せる木下さん。

「うん、いいよ」

「サンキュー!助かる!」

そう言って木下さんは私の手から英語のワークを受け取ると、さっそく自分の席に座って写し始めた。


ああ、なんだ。朱里がいなくなっても、ここは何も変わらない。

私が絶望の空を漂っていても、世界は変わらず動いている。朱里がいないこの世界でも、止まらずに前に進んでいる。

その現実は、私を苦しめ、そして安心させた。

木下さんもきっと、私に何て声をかけたらいいのか分からないのだろう。

「ありがとう!昨日の夜仕上げようと思ってたら、寝落ちしちゃってさー」

「ああ、そうなんだ」

「あいつら、誰もやってなくてさー」

また大袈裟な手振り。

「あ、先生来たよ」

私の言葉に慌てて席に戻る。でもそんな普段通りの木下さんを見ていて、思わず笑みがこぼれる。