『夏祭り?いいな。浴衣着て来いよ』

『えー浴衣?考えとく』

翠の浴衣姿を想像する。その隣にいる自分の姿も。自然と緩む頬を、慌てて直す。

『楽しみにしてるよ』
『うん、また連絡するね。じゃまた』
『ああ』

そう言って切られた電話。

心配なんていらなかった、アッサリしたもんだ。

でも、あの出来事に触れることはできなかった。俺が謝るべきだとは思わないが、お互いの気持ちの確認くらいはできたんじゃないのか?

翠も、そんな素振りさえ感じさせなかったってことはやっぱり、翠にとっては大した出来事ではないということなのか。

その話題をすることで、関係がこじれてしまうのを避けたのだろうか。

それでも、もう一度会う約束をしてくれた。それでいいじゃないのか?翠の浴衣姿を見られるなんてきっと俺だけだ。

単純な俺は、それだけで気持ちが上がっていた。

「カズ!サッカーの試合始まってるよ」

ドア越しに母さんの声。そうだった。今日は日本代表の試合がある日だ。

首に巻いたタオルでもう一度髪を拭きながら階段を降りる。

亡くなった米村さんのことや、その友人や家族。そのことを考えると、こんな何気ないいつも通りの生活が、有り難く感じられる。

「なあ、母さん。翠と夏祭り行くんだけど、父さんの浴衣ってまだある?」

「あー、確かまだあったと思うわよ、出しといてあげるわね」

「うん、宜しく」

当たり前のことを、当たり前にできるって、幸せなことなんだ。