Prologue
君にもう一度、会いたい。
でも、それはできない。
君にもう一度、「好き」って言いたい。
でも、それはできない。
どうして言えなかったんだろう。
「ありがとう、大好き」って。
もどかしい。せつない。
あの夏、懐かしいキミを好きになった。
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ミーンミンミン。ミーンミンミン。
蝉の力強い鳴き声が響き渡る。照りつける太陽を避けながら私は学校の渡り廊下を歩いていた。
「暑い……すごく、暑い……」
今週は猛暑の日々が続くらしい。首にへばりつく長い髪を高い位置で結わえ、クラリネットが入ったケースを肩にかけ直す。
「沙月!待って!」
「あ、葉月!」
話しかけてきたのは、小学生の頃からの大親友、遠藤葉月。
私、深川沙月の沙月と葉月という名前が似ていて、あっという間に友達になった。
小一の頃からずっと一緒にいる。クラスも高校二年生まで、十一年間、変わることなく同じ。運命的な出会いって感じだ。
「今から、吹部、行くんでしょ?私も行く」
葉月も同じ吹奏楽部で、バイオリン担当。私は、クラリネット担当。
「暑いなー。マジ死ぬわ」
「葉月も髪、まとめたら?」
「んー。そうする」
吹奏楽部の活動場所に着くと、もう、練習を始めている後輩たちがいた。これから、二時間ぶっ通しの練習をする。
休みはない。なぜなら、もうすぐ大会があるからだ。私たち、高校二年生にとっては最後の大会。自然と気合が入っていく。
「はーい。練習を始めるよー」
部長の神山翔が声をあげる。翔も小学生の頃からの大親友で、今も仲良し。
「翔、ごめんね?いつも、まかせちゃって」
私は、何でもさらりとこなす翔にいつも心配ばかりさせてしまっていた。だから役に立ちたくて、吹部の副部長になった。
葉月は無理しなくていいよって言ってくれたけど、それでも役に立ちたいという思いが強くて。
「あぁ、大丈夫。それより、練習を始めるぞ」
「うん!」
私達が在籍する、聖友学園の吹奏楽部は他の学校に比べると規模が小さい。部員も十五人。部員は少ない。
だけど、どこの学校よりも熱意はある。一生懸命に弾いて音と音とを重ね合わせていく。それが、とても楽しい。
今回の大会で演奏する曲は、ヴィヴァルディの「四季」より春。それと、エルガーの行進曲「威風堂々」第一番。どちらも難易度が高く、並大抵の練習ではできない。
「バイオリン、もう少しゆっくり」
「はい」
顧問の先生がアドバイスをくれる。先生はかつて、プロのオーケストラに所属していたという。
「いいね。で、クラリネット、もっと感情を込めて」
「はい」
私のパートだ。しっかり聞き入れないと。
「それでは、最初から通してみよう」
「はい!」
***
「おつかれー」
「お疲れさまです」
後輩ともども、それぞれが荷物をまとめて、帰宅準備を始める。長い練習時間が終わったのだ。みんな額に汗が浮かんでいる。
「ふぅ」
「おつかれ、沙月」
「おつかれ、葉月」
二人で活動場所を出た。教室内と外の温度差に眩暈がした。
「おっ、二人ともおつかれさん」
「翔!」
「おつかれさまっす、翔どの」
「葉月、なんだその言い方は?」
「ふーんふふふーん」
私は二人のやり取りに、ふふっと笑った。
「大会まであと一カ月をきったな……」
「そうだね。練習、がんばらないと」
「あ、そうそう、二人とも」
葉月が、昇降口で靴を履き替えながら言う。
「あのね、転校生がくるらしいよ」
「えっ」
「それ、ホント?」
「うん」
私と翔は口をあんぐりと開けた。
「明日か明後日に来るらしいよ」
「へーぇ……ってか、何で知ってんのさ?」
翔が葉月に問う。
「なんでかって?それはね……」
「……?」
葉月は意味ありげな笑みを浮かべ、私と翔の目を順番に見る。
「私達が知っているやつ、だからだよ」
「知っている……?」
私は口に手を当てて、聞き返す。翔も、腕を組んで宙を見つめている。
「覚えてない?あいつだよ」
葉月は小さな声でその名を告げた。
「戸崎……晴斗……?」
「はると……が、あいつが来るのか?」
「そだよ。何でそんな怖いものを見るような目をしてるの」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
私と翔が躊躇うのには、一つの大きな理由がある。これは、小学生の頃の話
だ。
***
『はると!』
『なーに?はづきちゃん、さつきちゃん、しょうくん』
『一緒にかくれんぼしよ?』
私達、四人組はいつも一緒にいた。今日も学校帰りの夕方に、遊ぶ約束をし
ていた。四色のランドセルをベンチに置き、鬼役を決める。
『じゃーんけーん、ぽん!』
『あ、俺、負けたぁ』
翔が、ぐーを掲げて悔しそうにうめく。
『じゃ、私達、かくれるよ。よーい、スタート!』
三人バラバラに、走っていき隠れ始める。そうして始まったかくれんぼだったが、予想外の事故が起きた。何時間経っても、晴斗が見つからないのだ。
葉月と沙月はすぐに見つかったが、三人で探しても見つからない。辺りも暗くなり始めている。
『どーしよ?みつからない……』
『おかーさんに怒られちゃう』
『仕方がない、さつきとはづきは先帰って、僕がもう少し探してみる』
『そんなの、だめだよ……』
『一緒に探そう』
『さつき……はづき……ありがとう』
『もちろん!探すの、がんばろ!』
三人で捜索を始める。公園の遊具の中、小さな木の後ろ、水場。
そして……。
それから私達は何時間も探し続けたが、見つかることはなかった。
「あの後も……学校に来なかったし……」
歩きながら昔の思い出を呼び起こす。
「そうね……。でも、昔の仲間なんだから、明るく迎えようよ」
葉月が暗い雰囲気を明るくするかのように、明るい声でそう言った。
「そうだね!明るくて面白い晴斗なら、すぐに打ち解けられるよ」
「あぁ、俺もそう思う」
夕暮れ空を見上げながら、私達は家に入った。
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青く澄みきった空の下、私は二人を待っていた。腕時計を見ると、八時五分。まだ、二人とも来ない。
「おはよ、沙月」
眠そうな翔が、のんびり歩いてきた。
「あ、おはよう、翔。葉月は?」
「まだじゃね?いつものことだし」
私達三人の家は、連続で並んでいる。近隣同士の付き合いでもあるのだ。
「そういえば、明日、テストだね」
「あぁー、そうだったな。……ちっ」
「翔?……ふふっ」
「なんだよ?おいー」
翔が私の髪を引っ張る。
「いーたーいー」
「ふんっ」
私が翔を見上げると、ぱっと手を放した。
「あー、葉月、きたよ」
「ひー、ごめんごめん。遅れました」
「おせーぞ」
「葉月、おはよう!」
「おはよう!」
三人並ぶと、とても落ち着く。葉月は女子の中で一番、信用しているし、翔
も男子の中で一番、信用している。
そして、葉月が昨日言っていたことが当たった。朝のホームルームで、転校
生が紹介された。もちろん、名前は戸崎晴斗。
「えー、転校生を紹介する。……さ、入って」
先生に呼ばれ、一人の男子生徒が入ってきた。
「はい、自己紹介を簡単にしてください」
「……」
久しぶりに見る晴斗は、なんだか様子がおかしい。先生に促されているの
に、一つも声を発しない。
「戸崎くん」
「……あ、すいません。えっと、僕は戸崎晴斗です。よろしく」
少しだけ顔を上げ、ぺこりとお辞儀をした。みんなが息をのんだ。なぜならば、晴斗の目が怖かったからだ。
虚ろな目には、ただ一つの光さえない。私は、昔の晴斗を思い出す。
――絶対、あんな暗くない。
私のどこかで何かが、そう告げた。
「はい、じゃ、席は瀬戸と遠藤の間」
「……」
無言で晴斗は歩き出した。そして、席に座った。葉月の隣だ。葉月からの視線が送られてくる。
――これは、何かあったはずだ。
葉月の目はそう言っていた。私はそれに応えるように頷き返した。
放課後――。
私と葉月と翔の三人で、教室に残り話し合いをしていた。
「なぁ、あれは本当に晴斗なのか?」
「葉月、本当だよね?」
「う、うん。でも、私だって変わり切った晴斗には驚いたもん」
「ま、そりゃ、そうだ」
「それに、聞いていたって言っても、そこまで詳しくじゃないし」
私はひとつの提案を出すことにした。
「ね、翔、葉月」
「なんだ?」
「ん?」
「あのさ、明日、晴斗に話しかけてみればいいんじゃない?」
前のめりになりつつある、自分の姿勢を直しながらそう言った。
「話しかける、ねぇ」
「話しかけてもいいけどよ、返事してくれないといやだしなぁ」
私の提案に二人はあまり、乗り気ではなかった。
「じゃ、明日、話しかけてみようよ、ね?」
「あぁ」
「沙月は本当にいい子ね」
「え、えっ。えっと、ありがとう?」
「なんでそこ、疑問形になるんだよ?」
「え……?疑問形になってた?」
「うん、思いっきりなってた」
私はごまかすように肩をあげて、へへっと笑った。