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 『おはよー、翔、沙月!今日は早いでしょー?』
 
 私は中学生の頃から遅い。……遅いということは自分でも自覚しているんだけど。

 『あ、葉月!おはよう!確かに、早い!』

 いつもより少し早い私を待っていてくれる、沙月と翔。私にとって二人は、何物にも代えられない大切な人。

 『いよいよ、入学式だね!』

 沙月が、新しい制服でぐるぐる回って、スカートをふわっとプリンみたいに
させている。

 『やっと、高校生だな』

 鞄を肩にかけるようにしながら、翔は歯を出して、二カッと笑った。

 そして、無事に入学式が終わり、それぞれの家に入るという時。もう沙月
は、家に入っていた。

 『おい。葉月』

 唐突に名を呼ばれ、辺りを見回す。すると、いつの間にか真横に翔がいた。

 『な、なに?』

 いつもの翔ではない、真面目過ぎる顔に私は数歩、後ずさった。

 『ちょっと、来い』

 半ば強引に、手を引かれてやって来たのは、いつもの公園だった。

 『ちょ、翔。どうしたの』

 私は、顔に「疑問」の字を浮かべ、質問をする。

 『言いたいことがある』

 春風に翔の前髪がさらっと揺れる。そして、その言葉を口にした。

 『俺……、は、葉月が好きだ』

 すると、再び強い風が吹き、私達の髪を大きく揺らす。

 『……』

 『俺と付き合ってください』

 翔が思いっきり頭を下げ、私の返事を待つ。

 対して、私の答えはすべて疑問形。

 『えっと……?ん?ありがとう?……だけど?』

 私は自分自身に確かめるように、言葉を発しながら考える。いつも、私のことを怒ったり、世話を焼いたりするくせに。

 『……よし。翔。私は、翔のことが好きだ』

 私の言葉に、はっと顔を上げる翔。その目に、一瞬、何か揺らぐものがあった。

――ん?

 『だけど、翔は、私のことなんかより大切な人がいるんじゃないか?』

 『それはない』
 
 翔が力強く、否定する。

 『ねぇ、翔。あんたは、沙月が好きなんじゃないのか?』

 翔が目を見開き、俯いた。そして、再び顔を上げた。

 『俺は……葉月が、好きなんだ。もちろん、沙月も大切だが……』

 そして、私の手を握って翔がもう一度言う。

 『葉月になんて言われようと、かんけーねぇ。俺は、おまえが好きなんだ』

 そう言って、私を強く抱き寄せた。

 『付き合ってくれなくてもいい。両思いでいるだけでもいいから』

――はぁ。私の嘘じゃ、通らんか。

 私は、嘘をついてみた。翔は沙月が好きだと思っていたから。

 だが、普通に考えて、今、自分に告白してくれているというのに、沙月を好きな訳がない。

――でも。

 あの一瞬、揺らいだ瞳は私の見間違いか。いや、見間違いではない。完全に揺れていた。

 しかし、驚くことに私の心は翔に傾いてしまった。なんてったって、あんなこと言われてしまっているのだから。

 『翔。ありがとう。……両思いでいてくれる?』

 『あぁ』

 私達は仲良く、公園を出た。