電話が切れると、大慌てで鈴木刑事に連絡をした。
この展開に鈴木刑事も驚きを隠せない様子で、すぐに我が家へ何人かの刑事を連れてきてくれた。
和宏も駆けつけてくれた。
まったく理解できない母にいちから説明をし、この日は深夜まで今後について話し合いが続いた。
直樹も現地の警察署に保護されたらしい。それでも安心はできない。
和宏はずっと私の肩を抱いてくれていた。
こんな時なのに、それがうれしく思ってしまう自分が嫌い。
「大丈夫。警察がしっかり保護してくれてるんだから」
私のことを本当に心配してくれていると感じた。
そのときになって、私はようやく疑問を覚えた。
直樹はどうして犯人に恨みを買ったのだろう?
人違いじゃないの?
「あまり考えすぎないほうがいい」
私の気持ちを知ってか和宏がそう言った。
「でも……」
どうして直樹の名前が裏BBSに書かれたのだろう。沙希や大輔、藤本との共通点も見つからない。
「お兄さんにも心当たりがないのに、芽衣にわかるわけがない。考えても意味のないことは考えないようにしよう。な?」
肩を強く抱かれるけれど、疑問は消えない。
「でも、どうして……」
「ターゲットは無差別に抽出されているのかもしれない。そのために市民のためのアプリを作ったのかもしれない。もしくは、お兄さんは知らないうちに犯人の恨みを買ったのかもしれない。すべては仮定の話だらけだよ」
「うん……そうだよね」
「今は目を閉じて少し休んで」
言われた通り目を閉じれば、すぐ近くで和宏の鼓動がしている。
気がつけば窓から見える景色は徐々に明るくなっていた。
どんなに暖房を強くしても、毛布をかけても寒くてたまらない。
体と心がずっと震えている。
【SideA 香織】
??月??日
あさになって、わたしはかんがえた。
わたしのあたまはおかしいのかな。
ストーカーなんてはじめからいないの?
あたまがいたい。
いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。
ぜんぶわたしの妄想なの?
【第七章】「ログアウト」
【sideA' 香織】
わたしの名前はなんだっけ……?
さっきからぼんやりと考えている。
天井の模様が見えるということはまだ昼間なのだろう。けれど、窓のないこの部屋では時間もあまりわからない。
そう、わたしの名前……。
「わたしは……」
かすれた声が口からこぼれた。こんな声をしていたんだ、と久しぶりに思い出す。
「わたしは、そう……佐々木、佐々木香織」
自分の名前を口にすれば、少しぼやけた意識がはっきりとした気分になる。
ベッドの横にある壁をそっとなぞってみる。平らに見えるのに、指先にはボコボコとした感触があった。
何度も繰りかえしては、時間が経つのをじっと待つ。
待つ、ってなにを?
自分に問いかけてみても答えは返ってこない。
精神科救急病棟の白い部屋。
もう何日もの間、わたしは閉じこめられている。
眠れず、食事もろくにとることができなくなったわたしは、完全に重病扱いされている。
人体実験をされているように、薬も注射も点滴までも時間ごとにどんどん体に投入されている。そのせいか、口のなかが苦い。
これまで仲のよかった看護師の藤本さんとさえ話もしなくなった。
彼女に対しては、殺意すら生まれている。
それくらいわたしを傷つけたのだから。
いろいろと話しかけてくる藤本さんを無視し続けている。
この間の会話を聞いた以上、話をする気にもなれなかった。
みんな敵だ。
誰もわたしを守ってはくれない。
何が現実で、何が妄想なのか。
境界線はどんどん不透明になっている。
館内にアナウンスが響いていることに気づいた。
たしか……町内会の慰問があるって言っていたよね。
行きたくないけれど、ここにひとりでいるほうが怖かった。
それに集まりに参加すれば、面会禁止も早めに解かれるかもしれない。
重い体と心を引きずり、フロアーに出た。
みんながわたしを見ている気がした。
にぎやかに町内会の年配者たちが素人まるだしのマジックを披露しているのを横目で見ながら、ソファに腰をおろす。
この中にストーカーがいるかも。
そう思うと、全員を疑いのまなざしで見てしまう。
町内会の人たちは、同じ黄色の帽子と白いパーカーで揃えている。
その中に異様に深く帽子をかぶっている男性がいた。
ドキッとするが、すぐに見えなくなった。
帽子をかぶりなおしたのか、泣いている子供たちをあやしに行ってしまったのか。