元気のいい声が聞こえて来てカウンターの奥へ視線を送ると、そこには高校生くらいの小柄な少女が立っていた。
少女の笑顔にハッと息を飲む。10年以上前ここで出合った少女の面影がそのままダブって見えたからだ。
けれど、10年前ここで働いていた少女がそのままいるワケがない。
そう思い直し、明美は落ち着いてカウンター席に座った。
「なにになさいますか?」
少女は明美にお冷を出して、そう聞いた。
「えっと……シーフードカレー」
昔の事を思い出しながら、カレーを注文した。
あの時、あたしはカレーで結婚前の旦那は定食を注文したんだった。
その時のおいしさを思い出すと、またグーッとお腹が鳴った。
カウンター内の少女まで聞こえてしまったかもしれないと思い、顔が赤くなる。
少女はクスッと笑って「すぐにお持ちしますね」と言うと、厨房へと入って行った。
1人になった明美は冷たい水で喉を潤した。
今日死んでしまおうと考えているのに、喉は乾くしお腹も減る。その事がおかしくて、なんだか笑ってしまった。
結婚前の旦那とは、ここで食事をした後近くの海岸へ下りたのだ。
2人で真っ白な砂浜を歩いた時の事は、絶対に忘れないだろう。
明美は白いワンピースに麦わら帽子を被って、旦那に手を引かれながら歩いたんだ。
時折押し寄せてくる波に濡れながら、2人で青春映画さながらに砂浜を歩いた。
思い出していると目の奥が熱くなってきて、おしぼりで目元を押さえた。
こんな所で泣くわけにはいかない。そう思い、気を取り直して木工細工の棚を見た。
地元の人が作成した商品のようで、棚の上には岩井幸太郎という名前が書かれていた。
席を立ち、干支のストラップを手に取ってみる。 木で作られているため、手のひらから温もりが伝わって来るようだった。
でもきっとそれだけじゃない。
これを作った岩井幸太郎と言う人の気持ちが込められているのだろう。
明美は自分の干支であるネズミのストラップを1つ手に取り、カウンター席へと戻った。
後で一緒に会計してもらおう。
明美はそう思い、ストラップを大切にテーブルの上に置いたのだった。
《幸せ食堂》のシーフードカレーは絶品だった。
昔もこんなに美味しかったかしらと首を傾げたほどだ。
カウンター内にいる少女はやっぱり昔ここで見た少女にとても良く似ていて、明美は何度も見つめてしまった。
「これも、一緒にお願いします」
カレーを15分ほどで食べきってしまった明美はレジにストラップも持って移動した。
「ありがとうございます! 合計950円です」
これだけ美味しくてストラップも購入してこの値段。
明美は驚きながら千円札をキャッシュトレイに乗せた。
「50円のお返しと……あっ」
レシートを手に取った少女が一瞬目を見開いた。そして明美を見る。
「なに?」
明美は首を傾げてレシートを見た。
レジを打ち間違えてしまったのだろうかと思ったが、そうでもないようだ。
「お客様、黄色いレシートとか、幸せレシートって言葉を知ってますか?」
突然そう質問されて、明美は左右に首を振った。
「いいえ、初めて聞いたけど」
「そうですか……。ちょっと有名な都市伝説なんです。悩みのある人がお会計をすると、その悩みが解消されるような事が書かれているレシートが出て来るって」
「へぇ? そんな話があるのね?」
しかし、明美には初耳だった。
1年以上旅行を続けているから、行った先での都市伝説は聞かされることも多かったけれど、今の話は知らなかった。
「それで、あの……」
少女はおずおずとレシートを差し出して来た。
それは通常の白いレシートではなく、黄色い紙に印刷されたものだった。
「これって……」
会計の下に書かれている文字に目を落とす。そこには《むぎわら帽子》と書かれていた。
「あくまでも、都市伝説です」
ジッとレシートを見つめる明美に、少女が慌ててそう言った。
「そう……。ありがとう」
明美はそう言い、少女へ笑顔を向けて店を出たのだった。
正直驚いていた。 少女がレシートを見た瞬間顔色を変え、都市伝説の話をしはじめた時まではなんでもなかった。
そういうサービスをする店だと思った。
でも……。
明美は一旦財布にしまったレシートを取り出して確認した。そこには確かにむぎわら帽子とかかれている。