10年前にあの食堂にいた少女タエ。そして今日出合ったタエの姿がダブってみえる。
もしかして彼女は同一人物だろうか?そんな考えた頭をよぎり、明美は左右に首を振った。そんなことはあるはずない。
ただの記憶違いだろう。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、今から家にきませんか?」
咲紀さんの申し出に明美は目を丸くした。
「いえ、そんな」
ここで自殺する予定だった明美は数歩後ずさりをした。
「家に来て、一緒にあそぼ!」
少女が明美の手を掴んでおねだりをする。
「うちの家すぐそこのアパートの大家をしてるんです。近いですから、ぜひどうぞ」
旦那さんにまでそう言われると、断ることができなかった。
少女に手を引かれ、夫婦と共に歩き出す。
ついさっきまで絶望に打ちひしがれていたのに、少しずつ世界の色が変化してきているのを感じていた。
「ねぇ、パパとお姉ちゃん、本当によく似てるね!」
少女が無邪気に言う。
旦那さんがあたしの顔をマジマジを見つめて「本当ですね。ホクロの位置が同じだ」と、呟いた。
「実はね。ボクには生き別れてしまったお姉さんがいるんですよ」
その姉の名前が明美だと知ったのは、それから数十分後のことだった。
木工細工を作成している幸太郎が幸せ食堂を訪れて、タエに最新作を差し出してる。
革の紐に木でできた十字架がぶら下がっているネックレスだ。
タエは嬉しそうにそれを受け取り、さっそく首からぶら下げた。
幸太郎は接客のアルバイトも始めたようで、どうにか家計が回りはじめた様子だ。
木工細工の売れ行きも良く、サイトでは一定の顧客もついてくれている。
タエは幸太郎からもらったポスターを壁に貼って行く。週末に開催される大規模がフリーマーケットのポスターだ。
幸太郎は今回これに参加してみることにしたらしい。
全国各地からお客さんが来ると言われている浜辺のフリーマーケットを、タエもとても楽しみにしていた。
☆☆
カランカランと心地よい音がしてタエは振り向いた。
入って来たのは常連客の1人大学生の友だった。
「ポスター貼り、手伝おうか?」
「外から見てたでしょ」
タエがそう言うと、友は少しだけ頬を赤らめて「偶然見えたんだよ」と、答えた。
外からずっとタエの様子を見ていたなんて知られたら、きっと気持ち悪がられてしまう。
そう思いながら、友はタエと変わってポスターを張りはじめた。
「新商品?」
棚に並んでいる木工細工を見て友はタエにそう聞いた。
「うん。ここに来るお客さんからもすごく評判がいいの」
「俺ももう1つ買ってみようから」
幸太郎についてはタエから何度か話を聞いていた。
タエが熱心に応援しているから少し心がモヤモヤしているのだけれど、幸太郎の作る商品はどれもオシャレでカッコよかった。
「そういえばさ、俺もこのフリーマーケットに出店するんだ」
「え、そうなの?」
タエは驚いて友に聞き返す。
「大学のサークルで出店しようって話になったんだ」
「なんのサークル?」
「文芸サークルだよ。文章だけじゃなくてイラストを描く子もいるから、短いポエムにイラストを付けて販売する予定なんだ」
「すごい!」
タエが見直したように友を見るので、友は照れて頭をかいた。
正直自分の書いたポエムをタエにみられることは恥ずかしかったけれど、このお店以外でタエと会えることの方が優先された。
楽しそうに話を聞いてくるタエに、友はできる限りわかりやすく説明をしていた。