二杯目の紅茶を淹れ直しながら、青司くんが口を開く。


「そういえば、旦那さんからは連絡はきましたか?」

「いいえ、まったく。メールも電話も何もないわ。ほんとに、こんな風に家出されても変わらないなんて……どうかしてるわ」


 憤慨しながら、紫織さんはまた熱い紅茶を飲む。

 わたしはそんな紫織さんに質問した。


「あの……紫織さんと旦那さんは、なんで喧嘩したんですか? あ、いえ、差し支えなければなんですけど……良かったら教えてもらえませんか」

「ああ、真白ちゃんにはまだ言ってなかったわね。理由は……あの子よ」

「あの子? 菫(すみれ)ちゃんですか?」

「ええ」


 遠くを見つめるような目つきで、紫織さんは語る。


「あの子、いわゆる発達障害なの。普通の子よりも言葉が遅くて、他人の考えにあまり興味を持てないみたい。だから、コミュニケーションがとても難しいの」

「発達障害……」


 それは、近年よく聞かれるようになった障害の名だ。

 たしか生まれつきの脳の特性の違いによって、健常者との考え方にズレがあるとかなんとか……だった気がする。大人になっても、社会生活が困難な人が多いらしい。


「私はあの子のために、早くからいろいろな支援を受けさせようとしているの。だけど……私の両親も主人の両親も、そんなわけない、菫が障害者なわけがないって頭から否定してくるのよ。主人も、最初は理解してくれてたのに……最近はだんだん親たちの意見に染まってきちゃって」

「そう、だったんですか……」


 自分の身内が障害者だったと知らされて、ショックを受けない人はいないだろう。

 でも、否定したってその事実は変わらない。

 問題を解決するどころか、さらに悪い方向へ行ってしまいそうな気がする。


 そんな祖父母たちの態度を、諌めようともしない旦那さん。

 それは、とても辛いことだろうと思う。


 紫織さんは菫ちゃんを一番に思って行動してるのに。

 旦那さんは……親たちの方を優先して行動しているんだろうか。


「さすがに我慢の限界が来て、もう知らないって、出てきちゃった。行き先を告げずに来たから、ここにいることをきっとあの人は知らないわ。でもそれっきり。さっきも言ったけど、心配すらされてないみたい。ほんと……あんまりよね」

「これから、どうするんですか?」

「そうね、しばらく距離を置いて……っていうか、私たちがいなくなったことであの人が目を覚ましてくれればって思ってたんだけど、どうやら難しそうね」

「そんな……。ご家族に、どうにか理解してもらう方法はないんですか」