「真白……」

「青司くんに、もしずっと好きな人がいて……でもその人を忘れなきゃいけなくて、その間に自分に告白してきた人がいたら、どうするの? すぐその人を好きになれる? ねえ、青司くんも自分に置き換えて考えてみてよ」

「それは……」


 そう、たとえば紫織さん。

 紫織さんは、あの大貫のおばあさんのお孫さんで、かつての「お絵かき教室」の生徒仲間だった人だ。
 あの教室では一番お姉さんで、そして誰よりも絵がうまかった。

 青司くんはその紫織さんのことをいつも目で追っていて……。
 わたしはそれを見て、ずっとかなわないなあって思っていた。
 だからろくに告白もできなかったのだ。

 でも……そんな彼女ももう別の人と結婚してしまっている。
 数年前、わたしはそれを風のうわさで知った。

 だから青司くんにとって、彼女はもう「手の届かない人」なのだ。

 青司くんが今でも彼女を特別に思っているかどうか、わからない。
 でも今もそうなら、その想いを遂げるには最悪不倫……とかそういう関係になるしかない。
 青司くんがそんなことをする人とは思えないけど。

 その紫織さんのことを忘れたいって思ったときに、あきらめようと思った時に、「わたし」から告白されたら?
 ねえ。
 青司くんは……どうするの? 受け入れてくれる?


「そう……だね。それは……その時になってみないとわからない、ね。でもそれは、きっとそれぞれ別の人だから、別の気持ちで好きになると思うよ。母さんが……そうだったように」

「えっ?」


 青司くんはキッチンから出ると、ゆっくりと奥の廊下へ歩いていった。

 そして途中で振り返って、わたしを招く。


「来て。真白。納戸にいろんな画材や母さんの作品がしまわれてるんだ。ちょっと一緒に見にきてほしい」

「う、うん……わかった」


 わたしはうなづくと席から立ち上がった。

 キッチンの奥には家事室のような場所があり、そこは半分廊下のようになっていた。

 キッチンやダイニングと同じ材質のフローリングが続いていて、右側の壁には本棚や窓があり、左側の壁にはバスルームの入り口がある。

 まっすぐ突き当りにはその納戸のドアがあった。


 青司くんはそのドアをそっと押し開けた。


「わっ……」


 埃っぽい臭いが鼻をつく。

 部屋は真正面と左奥の二方向の壁の上部に細い窓がついているだけで、とても薄暗い状態だった。

 と思ったら、青司くんがパッと電気をつける。