初めて、君を意識したのは、いつだろう?
 覚えているのは、学校の行事(キャンプ)で、星空を眺めたときだろうか?

 星空から降り注がれる光が、君の髪に降り積もり、僕の気持ちを揺さぶった。星々の光が、君の髪を光らせ、僕の心に降り積もった。

 その日から、君を目で追う日々が続いた。君が、水泳が得意だと言えば、僕も水泳を頑張った。君の近くに行きたい一心だ。

 翌年のキャンプでは、また君と一緒に居られることを喜んだ。
 僕は、君を誘った。今年は、一緒に星空を見たかったからだ。君は、笑いながら僕の誘いを受けてくれた。時間を決めて、テントから抜け出す。僕の差し出した手を君は握ってくれた。

 君と並んで見た星空は忘れられない。僕の気持ちは、降り注ぐ星空からの光と同じように、僕の心に降り積もっていく。

 幼かった僕は、君のことを考えられなかった。
 僕は、僕の気持ちを満足させるだけで精一杯だった。

 君を好きな人が他にいたことを、僕を好きだと言ってくれていた人がいたことも、関係がないと無視してしまっていた。

 僕の過ちは、すでに始まっていた。

 僕の知らないところで、病巣は大きくなっていた。人の嫉妬・憎悪を僕は知らなかった。
 静かに、そして、降り積もった嫉妬の感情は、すでに臨界点まで達していた。

 僕たちの卒業を明日に控えた冬の日。
 僕たちの町には、珍しく雪が降っていた。前日から降り始めた雪は、昼過ぎには降り積もった。

 僕は、卒業式が終わってから、君に告げたいことがあった。

 でも、君は卒業式に現れなかった。
 翌日、小さな町は、君が死んだというニュースで揺れた。自殺ではない。殺されたのだと・・・。

 君を殺した人たちはすぐに捕まった。
 でも、僕が望んだ答えは得られなかった。警察の発表は、事故死。そんな決定を受け入れられるわけがない。僕は、君を殺した者たちを殺して、君が死んだ場所で、自殺した。

 はずだった。
 僕は、生き返った?違う。戻った。

 日付を確認する。今日は、卒業式の二日前。君が殺される前日だ。

 君の家に電話をかける。ここまでは、前と同じだ。君に告げるのは、”前日に会いたい”というセリフだ。これで、君を守ることができる。
 僕が君を殺す者たちを、先に殺してしまえばいい。簡単なことだ。

 僕は、僕の思いを実行した。

 僕は、君との待ち合わせ場所に急いだ。僕は、このまま居なくなるつもりでいた。

 僕は、僕が犯した間違いを知った。
 校庭の端にある。二人でよく会話をしたベンチに、君は傘も刺さずに座っていた。僕は、急いで近づいた。君に声をかける。君は、傘に降り積もった雪を払う事もしないで、ただ座っていた。

 そして、僕が君に触れると、君は黙って、降り積もった雪の上に倒れ込んだ。

 君に降り積もった悪意は、当事者たちを殺す程度では、無かったことにはならなかった。

 僕の手を温めるはずだった君の手は、降り積もった雪で冷たくなってしまっている。僕は、何を間違えた?僕は、何を見て居た?何も見えていなかったのか?

 降り積もった雪景色だけが僕の心を染めてゆく、僕は君に幸せになって欲しかった。白く綺麗に降り積もった雪が、僕には黒く禍々しい悪意にしか見えなくなっていた。
 僕は、愛した君に幸せになって欲しかっただけだ。

 僕は何を間違えた。
 動かなくなって、冷たくなってしまった君を抱きかかえて、初めて見た星空が見える場所に向かおう。雪が振っているけど、気にしない。僕は君と一緒に居られるのなら、それだけで満足だ。
 二人で星空を見ながら、降り注ぐ星の光を見よう。

 君の髪に、光が雪のように降り注ぐ様子を見ていたい。僕が、愛した君と一緒にここで眠ろう。
 もう二度と起きない。僕は、目を瞑らない。眠くなるまで、君を見ている。君の側で、君だけを見て、君だけを感じている。僕の思いは、降り積もった悪意には勝てなかったのか?それとも、僕は何かを間違えたのか?

 僕は、君と一緒に・・・。死ぬ。

 死んだはずだった。
 まただ。

 今度は・・・。

 僕が君を意識するキャンプの前日だ。
 僕は、今度も君を愛する。何度でも、愛する。でも、間違えない。今度は、君を幸せにする。

 これから、長い長い旅路が始まった。

 降り積もる雪のように、何度も何度も繰り返される。僕の間違い。

 降り積もった雪を溶かすように、僕の思いだけが熱くなる。君との接点を持たないようにしても、ダメだ。君を愛してしまう。そして運命の日に、君が死んでしまう。

 それならば、僕が先に死んでしまえば・・・。ダメだ。やり直されてしまった。君が、どこかで死んでしまったのかもしれない。僕は、君の幸せを確認しない限り、死ねない。

 何度も繰り返される日常。
 そして、何度でも君を愛してしまう僕。降り積もる想いは、高く積まれていく。

 僕は、運命の日を乗り越えた。
 何度目か解らない。君が死なない未来を掴み取った。

 僕は疲れてしまったよ。
 君が笑顔で、卒業式を迎えたのが嬉しかった。僕の側ではない場所でも、君が笑ってくれている。君が、生きていてくれている。

 校門に立って、君を見ていた僕の横を、笑顔の君が走り抜けていく、ご両親が来たのだろう。校門で最後に写真を撮る。そして、君はご両親と共に帰っていく、僕は僕の心に降り積もった君への想いを、降り積もって固まってしまった想いだけを持って、君の前から消えよう。

 僕の役目は終わった。
 できることなら、最後に僕の名前を呼んでほしかった。

 なんだ、何が・・・。

 僕の身体は、すでに走り出している。
 君と君のご両親が写真を撮影している場所に、車が向かっている。昨晩まで降り積もった雪が溶けて氷になっている。車の速度が、徐々にあがる。校門に向かって、君が笑顔で撮影してい場所に向かっている。

 ふざけるな。僕の幸せを壊そうとするな。そんな運命は、僕が変えてやる。

 間に合った。
 凍った路面が幸いした。僕は、君の手を引っ張った。反動で、僕が車の前に出てしまったが、些細なことだ。君が助かるのなら、君の幸せな表情を見た後なら、僕は満足だ。今度こそ、終わらせられる。大丈夫だ。僕は、間違っていない。

 車が僕の身体を跳ね飛ばす。

 最後に、君の顔が見られて、嬉しいよ。
 今度こそ、本当にさよならだ。

(とおる)!なんで!」

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 私は、キャンプで星空を眺める君が好きになった。
 翌年、キャンプの夜に、星空を見に行こうと誘ってくれて嬉しかった。君が差し出してくれた手。恥ずかしかったけど、君に触れたくて手を伸ばした。私は、君の目が好きだった。
 君が、私の変わりに殺されたと聞かされたのは、中学の卒業式だ。私をいじめていた人たちに、君が話をしに行って殺されてしまった。君がいるはずだった場所で私は自殺した。

 もう何度目なのか解らない。
 私は、君が笑顔で居てくれるだけで嬉しかった。私を見ていなくても、私の側で笑っていなくても、私は幸せだった。

 運命の日を越えられない。
 何度も何度も、君を愛してしまう。私は、降り積もった落ち葉がいずれ腐葉土に変わるように、何度も何度も降り積もり君への想いを踏みつけて、表に出ないようにした。それでも、君を目で追ってしまう。君を見つけてしまう。君を愛してしまう。

 降り積もった君への想いは、私を縛り付ける。

 今度こそ、今度こそ、そう思って、君への想いを踏みつける。隠す。でも・・・。何度、期待を裏切られても、私は君を愛してしまう。

 今度は、大丈夫。君も、私を見ていない。今度こそ、大丈夫。私も、君を見ないように、君を感じないように、君を・・・。

 やっと運命の日。
 私は、君との接点がない。卒業式を笑顔で迎えている君を見て安心する。自然と笑顔がこぼれてしまう。嬉しいはずなのに、涙が流れ落ちる。今までの涙と違う。

 卒業式が終わった。
 両親が、校門の外で写真を撮ろうと言ってくれた。私の手元には、君の写真は一枚もない。でも、それでよかったのかもしれない。私は君の前から消えよう。君が笑っていられる場所に私の居場所はない。君は、私を認識していない。名前を呼んでもらったこともない。それでいい。私は、降り積もった気持ちを、踏み固めて、校門に向かう。

 校門で、こちらを見ている君を見つけて、心臓が跳ね上がる。
 ダメ!期待しちゃダメ!私を見ているわけではない。君は、私を知らない。私は、君の数多くいる同級生の一人でしかない。

 自然に笑えている?
 もし、君が見ていてくれたら、私の事を、頭の片隅にでも覚えていてくれたのなら、私は笑顔を残したい。校門の外で待つ両親の所に走る振りをして、君の横を走り抜ける。君の横を歩いて通ったら、踏みつけた気持ちが溢れ出てしまう。

 君とすれ違う時に、心の中だけで君を呼ぶ。

 最後に、私の名前を呼んでほしかった。最後に、君に触れたかった。
 でも、大丈夫。私は君を愛している。何度でも私は(とおる)を愛する。降り積もって固められた気持ちを持って、君から離れる。

 校門の所で、両親と並んで写真を撮る。
 わざと、校門の全体が入るようにした。君と写す最初で最後の写真だ。最初は、私一人が、次にパパと、次はママと、最後は両親と並んで撮影する。

彩花(あやか)!」

(とおる)!」

 私は、亨に引っ張られる腕に力を入れる。
 亨が反動で、車の方に行かないように踏ん張る。その為に、靴を変えてきた。

 パパとママは、無事だ。
 私は、亨の腕の中。亨は生きている。私も生きている。

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「よかった。彩花が生きている」

「よかった。亨が生きている」

 二人で迎える初めての卒業。

 二人は言葉を交わした。

 降り積もった雪が二人を祝福しているようにも思えた。