おめでとう。
僕が、君に伝えるのは「おめでとう」の言葉だ。
君が僕の所に来て、まだ5年だけど、君が来てからの僕の日常は、一気に色めき立ったよ。
あの頃の僕は生きていくのが辛かった。”消えてなくなりたい”と、本気で思っていた。
両親を亡くし、妹を失った。僕は、ただ一人、死ぬ場所を求めて、彷徨っていた。
”にゃぁ?”
側溝で泣いている君を見つけた時に、僕は自分自身を君に重ねてしまった。側溝でずぶ濡れになって”可哀そう”な君に・・・。
僕は、周りから”可哀そう”だと思われるのに精神が疲れ切ってしまっていた。だから、自分以上に”可哀そう”な者を求めていたのかもしれない。
君は、側溝でも必死に生きようとしていた。
僕は、可哀そうな君ではなく、生きようと必死になっている君を助けたくなった。
なぜ、側溝に居たのか、僕を待っていたのか、なぜ鳴いていたのか、君には聞きたいことが沢山ある。
でも、君は答えてくれない。当たり前のことだけど、少しだけ寂しい。
”ふ?”
君は、いつだって僕を和ませてくれる。
でもいいよ。今は、君には、やらなければ、そう、君を待っている者たちが居るだろう?
君は、今日から、三つ子の母親だ。何度でもいうよ「おめでとう」本当によかった。僕は、君が母親になったのが嬉しい。
君が慣れない舌使いで、三つ子の毛づくろいを、行っているのを見ると、初めて病院に連れて行った日を思い出すよ。
君は、今もだけど、左目が見えないよね。僕は、医者から告げられた言葉が信じられなかった。
左目が潰れている。だから、捨てられたのだと・・・。でも、君は、それでも必死に生きようとした。生きようと必死になっていた。
僕は、君を連れて帰ると医者に宣言した。幸いな事に、僕は一軒家に一人暮らしだ。君が同居しても困らない。
最初は渋っていた保険会社も、裁判で結果が出ると、両親と妹を失った結果を認めた。多額の保険金を、僕に支払ってくれた。相手からも示談金が支払われた。それを、嗅ぎ付けた会ったことも、名前を聞いたことも、全く存在すらも認識したことがない。親戚が大量に湧いた。僕は、警察に相談した。警察は、何もしてくれなかった。だけど、一人の弁護士を紹介してくれた。弁護士は、保険金と示談金を整理してくれて、湧いて出た親戚たちの窓口になってくれた。今でも感謝している。殆ど、儲けなんて出ない金額で、親戚たちを追い返してくれた。
僕は、君のおかげで、死ぬのを辞めた。
君と一緒に生活していこうと思った。
君は、家では僕の部屋にいるよりも、妹の部屋にいる事が多かった。
確かに、僕の部屋よりも、妹の部屋は日当たりがいい。冬でも日差しがある日はすごく暖かい。妹が居た部屋を、君が気に入ってくれたのが嬉しい。
君は、妹の部屋にいるけど、寝るときには僕の布団に入ってくるよね?
寒い時だけじゃなくて、暑い日にも僕の布団に来るよね?
君の暖かさが僕の心に溜まった澱みを溶かしてくれたよ。
僕は、君を縛り付けるつもりはなかった。
君は、自由に庭に出て、近くの山林を駆け巡ったね。
最初に驚いたのは、君がイモリを咥えて戻ってきたときだ。
医者に聞いたら、僕に対するお礼だったのだね。まだ生きていたイモリを、逃がそうとすると君が捕まえようとしたから、僕は水槽でイモリを飼いだした。同じように、君は山で生き物を捕まえてきたよね。
”ほーほー”
ほら、君に捕まえられて、家に住みついた者も多いよ。知っている?
イモリだけじゃなくて、フクロウもいる。届け出がいるような者まで捕まえてきたよね。
君は、すっかりこの辺りのボスになってしまったよね。
僕が寂しくないように?多分、違うとは思うけど、君は生きたままで捕まえて来ては、僕に見せてくれた。そして、僕は、その都度、医者やお店に赴いて、食べ物や必要な物を準備した。
この準備をしている時は、いろいろな事を覚えられた。そして、いろいろと忘れる事ができた。親戚を名乗る他人は、数は減ったが、時折現れる。その都度、僕は、両親や妹との別れを思い出してしまう。
窓口になってくれている弁護士の先生では話にならないと殴りこんでくる親戚を名乗る他人も多かった。そんな他人が来るたびに、君は僕を守るように他人を威嚇してくれたよね。なんでだろう。君が側にいるだけで、僕は怖くなかった。
君は僕を守ってくれた。心を守ってくれた。
君にも恋愛の季節が来て、妊娠したよね。
そして、今日・・・。
可愛い、可愛い、君にそっくりな三つ子を産んだ。
三つ子の父親は知らないけど、三つ子は君にそっくりだ。
何度でもいうよ。
「おめでとう」
この三つ子もしっかりと育てよう。
僕は、君が居れば・・・。
君と一緒に居られれば・・・。
「おめでとう」
しっかりと産まれているよ。
「おめでとう」
君の産んだ子だ。
「おめでとう」
君の子は、君に生かされた僕が取り上げることができた。
君と一緒に生きることを決めた。僕は、君を連れてきた他の者たちや、君を看るために、医者になった。
君が、生きる意味を・・・。
僕が生きている意味を与えてくれた。
これからも、君と一緒に僕は生きていく・・・。
だから、君にかける言葉は「おめでとう」だ。