「それで、弟さんの特徴は?」
『私と同じ青い染め付けの皿で、鳥の絵が描かれています。名は翡翠と』
「ほうほう……それで藍さんは今どこにおられるんですか」
『蓬莱屋という骨董店におります。日曜日はこちらの骨董市に出ているのですが……今頃探してるでしょうね』
藍はなんだか人事のように言った。付喪神にとって、店は家のように感じる場所では無いようだ。
「それじゃあ、その蓬莱屋さんをまず訪ねましょう」
『はい、それでは……』
藍は再び少女の姿に変化した。ちょっと目立ちすぎると感じた衛は二階に昇り、穂乃香の黒い日よけ帽を持ってくると藍に差し出した。
「これを被っててください」
「あら、いいんですか……似合います?」
藍は黒い帽子を被って衛に見せた。似合っている、が別にオシャレの為にかぶせた訳では無い。衛は失礼、と断って顔が見えないように深く被り直させた。
「とりあえず行ってみましょう」
衛達一行が再び境内に戻った時には、十五時の終了時間に向けて店じまいがぼつぼつとはじまっていた。
「蓬莱屋ってのはどこでしょう」
「あそこです……」
うつむき加減の藍が指さした先には、小太りの老人が店番をしていた。ふむ、と呟いて衛は蓬莱屋に近づいた。
「ふーむ」
客のふりをして品揃えを見て回る。展示してある商品は、陶器や鉄瓶などの食器が多い。
「これは何ですか?」
衛がガラス瓶を指さすと、店主は片目を開けて答えた。
「そりゃ、目薬の瓶だよ。昔はこんなだったんだ」
「へぇー……そうだ、ここに古い皿とかないですかね。自分、料理人でして……」
嘘は言っていない。ただ今は売れない総菜屋なだけで。
「それならこの辺だよ」
「青い皿がいいんですがね、イタリアンなんで……トマトソースが映えそうだ」
「そうだなぁ……そう言う皿なら……あれ、一枚あったと思うんだがどこ行った」
蓬莱屋の店主が箱を漁るが当然、藍は衛の後ろで瑞葉と待機しているので見つかる訳が無い。
「あーあ、見つからない……先週も同じ様な皿が売れたんだけどね。今度仕入れて置くよ」
「先週も売れたんですか……やっぱり俺みたいな料理人でしょうかね」
「どうだろうね、地元の人っぽかったけど……」
藍の弟、翡翠はこの店がら売られたようだ。
「また来週も来るからさ、そんとき来てよお兄さん」
「はい、ありがとうございました」
衛はもうこれ以上、情報は取れないと判断して引き下がった。後ろで待っている藍と瑞葉の所へと戻る。
「あの店からどうも売られたみたいだな。この深川付近の家にあるかもしれん」
「パパ、たんていみたい。すごい!」
瑞葉の賛辞に思わず鼻の下が伸びそうになった。しかし、藍の表情を見てすぐに顔を引き締めた。
「そんな……この街にいるなら気配くらい感じられるはず……」
そういって藍は涙をぽろぽろと流した。
「まさか、捨てられちゃったんじゃ……」
「ま、まだそうと決まった訳じゃないし……そうだ、とりあえず家に戻ろう」
泣きじゃくる藍を連れて、衛と瑞葉が家に帰るとミユキが帰って来ていた。
「おや、随分買い物に時間がかかったじゃないか……とそのお皿のお嬢さんはなんだい」
「あ、お客さんです。藍さん、こちら俺の義母のミユキさん。ここの家主だよ」
「ああ、貴女が……すみません、お婿さんを勝手に連れ出したりして」
藍が可愛そうな位小さくなって、頭を下げた。
「で、どうなってるんだい。状況を聞こうじゃないか」
衛はミユキに藍の身の上と弟を探している事を伝えた。ミユキは難しい顔をして、顎に手をやった。
「うーん、この子の弟ねぇ……私でも気配がたどれないね」
「そうですか……」
再び気落ちした様子の藍の手を瑞葉が握った。
「大丈夫、どっかにいるよ」
「そうでしょうか……」
「とりあえず、今日は泊っていきなよ。明日からまた探すから」
「はい……」
衛は藍を少しでも安心させようと、腕を捲った。
「夕飯も腕によりをかけて作っちゃうからさ」
「あ、付喪神はものを食べないんです」
「えっ、そうなの」
衛は心底がっかりした。料理人にとって飯で人を元気にするのは生きがいだからだ。
「あ、あの……」
すると、藍がほんのりと頬を染めて声を上げた。
「その代わり、というか……料理を盛っていただけないでしょうか」
「へ? それって皿として使うって事?」
「はい、器物にとって最も嬉しいのは本来の使い方をされる事なのです」
そう言って藍は元の皿の姿になった。そうか、それで元気になるのならと衛はその皿を手に取った。
「……よし、まかせとけ」
『はい、よろしくお願いします』
衛は、冷蔵庫から牛もも肉を取り出すと粗く刻み、タマネギとセロリ、にんにくもみじん切りにした。
鍋にオリーブオイルをたっぷりと注ぐと刻んだ野菜を炒める。野菜がほんのり透き通ってきたところで刻んだ牛肉を入れる。じゃわーっと音が立ち、肉の焼けるいい匂いが漂った。
そこに赤ワインとトマト缶を入れ、香辛料を入れて塩胡椒をする。
『ああ……すごい……』
藍が衛の手際の良さに感嘆の声を漏らした。
「あとは煮込むだけ……その間に」
衛はサラダと鯛のカルパッチョをさっと作ってテーブルに並べる。そして太めのパスタタリアテッレを沸かした湯で茹で、先に鍋に仕込んだラグーソースと一緒にからめる。
「それじゃ、藍さん。出番です」
『は、はい』
衛は藍の中央にこんもりをパスタをのせ、ソースを上から足す。そしてパルメザンチーズを惜しげもなくかける。
藍のブルーの色調に赤みがかったソースとチーズの白が美しい。
『ああー……素敵です……衛さん……』
「どうだい元気でたかい」
『はい、とても』
その日の夕食は衛お得意の本格イタリアン。瑞葉は素直に喜んでいたが、ミユキは微妙な顔をしていた。
「あたしの晩酌用に買っておいた刺身なんだけどねぇ……まぁ美味いけどさ」
「藍さんの為ですよ」
「ふう……とりあえず、地元の数寄者にでも聞いて回るかね、でないとあたしのつまみがどんどんなくなっちまう」
『ミユキさん、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします』
そんなミユキに藍は丁寧にお礼を述べた。
『私と同じ青い染め付けの皿で、鳥の絵が描かれています。名は翡翠と』
「ほうほう……それで藍さんは今どこにおられるんですか」
『蓬莱屋という骨董店におります。日曜日はこちらの骨董市に出ているのですが……今頃探してるでしょうね』
藍はなんだか人事のように言った。付喪神にとって、店は家のように感じる場所では無いようだ。
「それじゃあ、その蓬莱屋さんをまず訪ねましょう」
『はい、それでは……』
藍は再び少女の姿に変化した。ちょっと目立ちすぎると感じた衛は二階に昇り、穂乃香の黒い日よけ帽を持ってくると藍に差し出した。
「これを被っててください」
「あら、いいんですか……似合います?」
藍は黒い帽子を被って衛に見せた。似合っている、が別にオシャレの為にかぶせた訳では無い。衛は失礼、と断って顔が見えないように深く被り直させた。
「とりあえず行ってみましょう」
衛達一行が再び境内に戻った時には、十五時の終了時間に向けて店じまいがぼつぼつとはじまっていた。
「蓬莱屋ってのはどこでしょう」
「あそこです……」
うつむき加減の藍が指さした先には、小太りの老人が店番をしていた。ふむ、と呟いて衛は蓬莱屋に近づいた。
「ふーむ」
客のふりをして品揃えを見て回る。展示してある商品は、陶器や鉄瓶などの食器が多い。
「これは何ですか?」
衛がガラス瓶を指さすと、店主は片目を開けて答えた。
「そりゃ、目薬の瓶だよ。昔はこんなだったんだ」
「へぇー……そうだ、ここに古い皿とかないですかね。自分、料理人でして……」
嘘は言っていない。ただ今は売れない総菜屋なだけで。
「それならこの辺だよ」
「青い皿がいいんですがね、イタリアンなんで……トマトソースが映えそうだ」
「そうだなぁ……そう言う皿なら……あれ、一枚あったと思うんだがどこ行った」
蓬莱屋の店主が箱を漁るが当然、藍は衛の後ろで瑞葉と待機しているので見つかる訳が無い。
「あーあ、見つからない……先週も同じ様な皿が売れたんだけどね。今度仕入れて置くよ」
「先週も売れたんですか……やっぱり俺みたいな料理人でしょうかね」
「どうだろうね、地元の人っぽかったけど……」
藍の弟、翡翠はこの店がら売られたようだ。
「また来週も来るからさ、そんとき来てよお兄さん」
「はい、ありがとうございました」
衛はもうこれ以上、情報は取れないと判断して引き下がった。後ろで待っている藍と瑞葉の所へと戻る。
「あの店からどうも売られたみたいだな。この深川付近の家にあるかもしれん」
「パパ、たんていみたい。すごい!」
瑞葉の賛辞に思わず鼻の下が伸びそうになった。しかし、藍の表情を見てすぐに顔を引き締めた。
「そんな……この街にいるなら気配くらい感じられるはず……」
そういって藍は涙をぽろぽろと流した。
「まさか、捨てられちゃったんじゃ……」
「ま、まだそうと決まった訳じゃないし……そうだ、とりあえず家に戻ろう」
泣きじゃくる藍を連れて、衛と瑞葉が家に帰るとミユキが帰って来ていた。
「おや、随分買い物に時間がかかったじゃないか……とそのお皿のお嬢さんはなんだい」
「あ、お客さんです。藍さん、こちら俺の義母のミユキさん。ここの家主だよ」
「ああ、貴女が……すみません、お婿さんを勝手に連れ出したりして」
藍が可愛そうな位小さくなって、頭を下げた。
「で、どうなってるんだい。状況を聞こうじゃないか」
衛はミユキに藍の身の上と弟を探している事を伝えた。ミユキは難しい顔をして、顎に手をやった。
「うーん、この子の弟ねぇ……私でも気配がたどれないね」
「そうですか……」
再び気落ちした様子の藍の手を瑞葉が握った。
「大丈夫、どっかにいるよ」
「そうでしょうか……」
「とりあえず、今日は泊っていきなよ。明日からまた探すから」
「はい……」
衛は藍を少しでも安心させようと、腕を捲った。
「夕飯も腕によりをかけて作っちゃうからさ」
「あ、付喪神はものを食べないんです」
「えっ、そうなの」
衛は心底がっかりした。料理人にとって飯で人を元気にするのは生きがいだからだ。
「あ、あの……」
すると、藍がほんのりと頬を染めて声を上げた。
「その代わり、というか……料理を盛っていただけないでしょうか」
「へ? それって皿として使うって事?」
「はい、器物にとって最も嬉しいのは本来の使い方をされる事なのです」
そう言って藍は元の皿の姿になった。そうか、それで元気になるのならと衛はその皿を手に取った。
「……よし、まかせとけ」
『はい、よろしくお願いします』
衛は、冷蔵庫から牛もも肉を取り出すと粗く刻み、タマネギとセロリ、にんにくもみじん切りにした。
鍋にオリーブオイルをたっぷりと注ぐと刻んだ野菜を炒める。野菜がほんのり透き通ってきたところで刻んだ牛肉を入れる。じゃわーっと音が立ち、肉の焼けるいい匂いが漂った。
そこに赤ワインとトマト缶を入れ、香辛料を入れて塩胡椒をする。
『ああ……すごい……』
藍が衛の手際の良さに感嘆の声を漏らした。
「あとは煮込むだけ……その間に」
衛はサラダと鯛のカルパッチョをさっと作ってテーブルに並べる。そして太めのパスタタリアテッレを沸かした湯で茹で、先に鍋に仕込んだラグーソースと一緒にからめる。
「それじゃ、藍さん。出番です」
『は、はい』
衛は藍の中央にこんもりをパスタをのせ、ソースを上から足す。そしてパルメザンチーズを惜しげもなくかける。
藍のブルーの色調に赤みがかったソースとチーズの白が美しい。
『ああー……素敵です……衛さん……』
「どうだい元気でたかい」
『はい、とても』
その日の夕食は衛お得意の本格イタリアン。瑞葉は素直に喜んでいたが、ミユキは微妙な顔をしていた。
「あたしの晩酌用に買っておいた刺身なんだけどねぇ……まぁ美味いけどさ」
「藍さんの為ですよ」
「ふう……とりあえず、地元の数寄者にでも聞いて回るかね、でないとあたしのつまみがどんどんなくなっちまう」
『ミユキさん、ありがとうございます。どうかよろしくお願いします』
そんなミユキに藍は丁寧にお礼を述べた。