さて梅雨間の快晴の日曜日、衛はたまった洗濯物と格闘していた。

「ほれ、これ干しといて」
「はい、衛さん」

 藍はそんな衛を手伝っている。そして翡翠は宿題をする瑞葉を興味深げに覗き込んでいた。

「あさごはんをたべる……あ、線が一本足らないんじゃない?」
「もう、翡翠くんはあっち行ってて!」

 瑞葉はちゃちゃを入れてくる翡翠を邪険に振り払っている。

「もう干すとこないな、こりゃ……コインランドリーにでもいかなきゃか」

 残った洗濯物を手に衛はコインランドリーに赴き、乾燥だけして戻って来ると来客があった。

「衛、どこ行ってたんだい」
「ちょっとそこのコインランドリーに。お客さんですか」

 衛が居間を覗くと金髪のギターを持った若い男が座っていた。ミユキが客というからには人間じゃないんだろうが、あやかしってイメージじゃない。

「どうも、俺は鍋島。よろしく」

 金髪の男が短く挨拶をした。人好きのする雰囲気の鍋島だったがその目は裸眼で緑色で、やはり人ではないのだと衛は確信した。

「こちらの鍋島さんは猫又でね、今年で生まれて五十年のベテランさんだ」
「はぁ……」
「いや、そんな固くならないで欲しい。めでたい事だからな」
「めでたい……?」

 衛がいぶかしげにそう言うと、鍋島はにこにこと笑顔で答えた。

「いやあ、蓄えがある程度できてな。ここらで俺も所帯を持とうと思って」
「蓄え?」
「ええ、これで」

 そう言って、鍋島はギターを手に取った。

「弾き語りってやつだ。昔は三味線で弾き語ってたんだが今時はこれだろう」
「へー」
「この鍋島さんがね、お見合いが成立したら十万円払うってさ」

 ミユキがにまにましながら衛に耳打ちをした。単価十万円の仕事。こりゃ確かにおめでたい。

「それじゃあ、次の大安の日に」
「ミユキさん、あんたは腕利きのよろず屋と聞いた。頼みますよ」

 そう言いながら、鍋島がくるりとバク転すると煙が上がりそこには金茶の縞模様の猫がいてギターは跡形も無く消えていた。猫はにゃーと一声鳴くと八幡様の方向に走り去って行った。

「さて、お嫁さんを探さないとね」

 それを見届けて、ミユキはうきうきとしながら二階へと去っていった。



「そして、我々を頼ってこられたと……」

 衛とミユキは白玉の両親、この一帯のボス猫とその妻に鍋島の見合い相手を頼んでいた。

「こちら、依頼料の鰹節です」
「これはかたじけない」
「それでどのような猫、いや猫又がご希望なので」

 生真面目な様子で、黒猫がミユキに問いかけた。

「素直で健康であればよろしいとの事です」
「では我々に混じっている猫又にその旨伝えましょう」

 猫の夫婦はそう言って、鰹節を抱えて去って行った。そして来たる大安の日、『たつ屋』にてお見合いの準備が進められていた。そわそわと待っている鍋島は不安そうに衛に聞いた。

「俺、どこか変じゃないだろうか」
「いいえ、雑誌から抜け出したようです」
「そらそうだ。雑誌を丸写しにして変化したんだもの」

 あやかしとは便利だな、と衛は思った。それじゃあ被服費もいらないのかと。

「嫁さんを貰ったら、家を買って白い犬を飼うんだ」

 これまた古風な家庭像である。しかし、実年齢は五十を超えるというのだからそれも仕方の無い事なのかもしれない。

「それじゃあ、お相手さんが来たのではじめましょうか」

 鍋島の要望で、秘匿性の高い『たつ屋』の居間でお見合いは行われる。あやかし同士、多少くつろいでもここなら人の目も無い。この日の為に居候の付喪神、藍と翡翠は徹底した掃除をさせられていた。

「は、はい」

 鍋島はミユキの声がけで、改めて正座をし直した。

「ではこちらが、サダさんです」
「どうも、鍋島と申します」

 居間に通されたのはふわふわとした茶の髪色の女性……猫又である。

「よろしくお願いします」
「あの、こちら鰹節の出汁です」

 衛がお茶……では無く出汁を二人に出した。

「それじゃああとはお二人で……」

 そしてそそくさと居間から出て行った。――ように見せかけてドアの前で聞き耳を立てていた。

「どうだい、うまく行きそうかい?」
「しっ……今、はじまったばかりですよ」

 ドアの所にはミユキに瑞葉、藍に翡翠まで勢揃いで事態を見守って……半分興味本位で待機していた。

「サダさんはお好きな食べ物はおありですか」
「鰹のなまり(・・・)なんかは好きですね」
「ああ、あれは美味しいですね」

 順調そうにお見合いは進んでいるようだ。茶猫の猫又のサダは鍋島に聞いた。

「鍋島さんはお住まいはどちらの方で」
「神奈川の山の方に住んでおります。いいですよ、自然が一杯で」
「まぁ、山。私はずっと人に飼われていたので街中でしか生活した事がありません」

 鍋島はそれはもったいない、と言って山を駆け巡る楽しさと野の野鳥を捕るコツなんかをとうとうと語った。

「サダさんにも是非チャレンジしてみて欲しいな」
「それは楽しそう」

 話はうまく弾んでいるようである。それを聞いてドアの外の一行は胸をなで下ろした。

「それで、うまくすれば家が一軒手に入りそうなんです。そこに一緒に住んでくれる方と所帯を持ちたいと思ってまして」
「まぁ、家を」

 サダは驚いて声を上げた。山の中とはいえ、持ち家を持つ猫又などそういない。

「そこで、白い犬を飼うのが俺の夢なんです」
「……犬?」

 鍋島が犬の話をしだした途端、場の空気が変わった。

「今、犬とおっしゃいました?」
「ええ、あいつらは単純だが気の良いやつらです。狩りの手伝いもしてくれますし」
「……犬だなんてとんでもない!! 私は猫ですよ!!」

 サダは犬を飼うという提案を大声を出して否定した。

「私、小さい頃に吠えつかれてから犬が大嫌いなんですの……申し訳ないですけれど、この話は無かった事に……」
「ええっ……」

 そして鍋島を一人残して立ち去ってしまった。途端、居間のドアが大きな音を立てて開かれる。

「ちょっと、犬なんかあきらめりゃいいじゃないか」
「さっきまで良い感じだったじゃないですか」

 ミユキと衛に問い詰められて、鍋島はだらだらと冷や汗を流す。

「いや、その、犬を飼うのは俺の夢で……」
「ああ、また探し直しだ!」

 衛は頭を抱えた。どうやら風向きはよろしくない方向に向かっているようである。