ほっこり処 こうのはな〜幸せの砂時計~

「で、まあ……どうですかっていうのを言いたかったんだけど……」

「いいんじゃないかしら」トシさんが言った。「わたしもそう思うよ」と茂さんが続く。

「まあ、創業者が言うならね。別に不満もないし」

「ただ待て。表の看板……」義雄が言った。

「そう、あれを作り直さねばならなくてね。だから義雄に話そうと思ったんだ」

「ほう……。まあ、難しいものじゃないけど」

「どう? ほっこり処こうのはな。食事処より柔らかく和やかな雰囲気にならないかな」

「わたしは賛成だよ」雅美が言った。

「まあ五対一じゃねえ……」義雄は苦笑した。「いいだろう、そろそろニスを塗ろうという頃だったし」

「なんかすみません、わたしが変なことを言ったばかりに……」

「いやいや、いいんだ。本当に難しい作業はないから」

「なにかお手伝いできること……はないですよね」

「大丈夫、その気持ちだけで充分だよ」ああでも、と義雄は呟いた。「なにかこういうのがいいんじゃないかみたいな形とかあるか?」

「形ですか……。今のってどんな形でしたっけ」

「普通に長方形なんだ」

「へえ。なら、そのままでいいんじゃないですか。あまりわたしの色に染めてしまうというのも恐れ多いですし……」

「そうか。じゃあ……」義雄が見ると、雅美は「任せてちょうだい」と自慢げに言った。「わたしだって料理くらいできるから」
「あと、もういくつかいいですか」薫子は控えめに手を上げた。

「昨夜と今朝に思いついたのですが、料理、ヘルシーメニューとかコラーゲンたっぷり系メニュー、あと、軽食風におにぎりなんていうのはいかがでしょうか」

「ああ……おにぎりねえ」いいかも、と雅美はぱちんと指を鳴らした。

「具は、思いついているところだと薄焼き玉子ソーセージとか、ししゃもなんかがあります」

「薄焼き玉子?」義雄が言った。

「はい。クレープの生地のように薄く焼いた玉子でソーセージを包んだのが具なんです。ししゃもはそのままししゃもを具にするんですが、わたしの想像では尻尾がおにぎりの上から出てるんです。かわいくていいかなと」

「へええ。色々考えるねえ」尊敬するよと雅美は苦笑した。とんでもないですと薫子も同じように返す。

「あとそうだ、僕も今日個人的に思ったことがあったんだ。ヘルシーに拘らなくても、量を少し減らすだけでも、そのメニュー人気出るかなと。今日、ご飯少なめの注文があったから」

「ほう……」義雄は顎に手を当てた。「時代も変わってるしなあ。こちらも色々動くべきだね」

「今は豊かよねえ」トシさんは穏やかに言った。
「デザートは、抹茶系とか白玉系を増やして、冬には甘さ控えめ版も作っておしるこ」一拍置いて、薫子は「でしたよね」と苦笑した。僕は同じように頷いた。

「あ、白玉も抹茶にできますね。白玉抹茶ぜんざいなんて美味しそうじゃないですか? 冬には、苺白玉ぜんざいなんかも美味しそうです。食べやすい苺大福みたいな。白玉だけでかなりメニュー作れますね」

楽しそうに語る薫子を見て、義雄は釣られるように笑った。「じゃあ、よかったら思いついたメニュー、メモ帳にでもまとめておいてよ。作り方とか、具体的なことは要らないからさ」

「そこは義雄の仕事だもんね」雅美が言った。「雅美も厨房の人だからな?」と義雄は苦笑する。

「わかりました。思いついたら全部書いておきます。おいしくなさそうでも」

「なるべくおいしそうなの書いて」と苦笑する義雄へ、薫子は「勿論です」と同じように返した。
「恭太君っておとなしい人ですね」薫子はベッドに座り、脚を上げながら言った。「色々いい案思いついてるのに、もったいないです」

「頭が悪いだけだよ」僕は苦笑しながら布団を敷いた。その上にあぐらをかく。

「恭太君が頭の悪い人には見えないんですよねえ」

「そう? 頭が悪いから、伝えたいこともまともにまとまらないんだよ」

「ああ……。でもわたしもまとまってはいないですよ。だから長ったらしくなるんです。そう、わたしあれなんですよ、ちょっと喋りに勢いが付くと、話がなげえって言われるんです」

「へえ。関係はないけど、僕は話す人好きだよ。自分が話すの苦手だからかな」

「なんか改めて、恭太君って優しいですね。なんか、女……なのかな、ちょっとこう言ってほしいなっていうのがあってなにか言うことってあるんですけど、そういうときって必ず言ってほしいこと言ってくれるんですよ」

「へえ。そんな色々考えながら話してたらわけわからなくならない? 言ってほしい言葉があって、なるべく相手がそう言うような言い方も探すわけでしょ?」

「まあ、さすがにそんな一つ一つしっかりは考えないですけどね。例えば、そんなことないよって言ってほしくて、最近ちょっと太っちゃってえ――とか言いません? 女の人だけなのかなあ」

「ああ……。僕そういうの苦手かもしれない。相手が最近太ったって言ってても、そんなことないよとは出ない気がする」

「えっ、なんて返すんですか? ああ確かに太ったねって?」

いやまさか、と僕は苦笑した。「そんなに気にならないよとか、本当にそう思えばそれくらいがいいんじゃない――みたいな」

薫子は小さく苦笑した。遠くで抱えていた脚を解いてベッドに倒れる。「さあ、寝ましょう寝ましょう。明日もお店は開きますよ」

「ちょっと待って、これ相手怒らせる?」

「はあい、寝ますよ」

「えっ、本当にまずい? この返し」

「うるさいですよ、そんな綺麗な男の人にそんな優しい声でそんなこと言われたら、殆どの女の人心臓もちませんよ」

どきりとすると同時に顔が熱くなるのを感じた。「よし寝よう」

僕は照明を常夜燈にして横になった。

「ねえ、なんでそんなに慣れてないんですか? 自覚ないんですか?」

「はいはい、寝るよ」

「本当になんでですか。言われたことないんですか?」

「言われたことのある奴の反応に見えるかい?」

「なんで言われないんですか」

「さあさあ、寝るよ」

もう、と薫子は笑った。「おやすみなさい」と拗ねたように言う彼女へ「おやすみ」と返す。
目が覚めたあと、僕は目も開けずにぼうっとした。時間はまだ早い気がした。

しばらくして目を開け、ベッドの上へ目をやった。薫子はタオルケットを抱いて眠っており、穏やかな寝顔だった。よく眠れているのなら何よりだ。

僕は洗顔を済ませて部屋へ戻った。薫子はまだ寝ていたが、起こすべき時間でもない。

僕は布団の上にあぐらをかいた。布団の足元に固まっている引っ張って脚に掛ける。そのままゆっくりと後ろに倒れ、思考を巡らせる。なにかいい料理はないか――。

ふと、すぐ隣から布が擦れるような音がした。薫子は微かに声を発したあと、なにか言った。お母さん、とも解釈できる音だった。どこか苦しげに眉を寄せる彼女を起こすべきかと考えていると、薫子はふわりと目を開けた。あれ、と呟いた。

「おはよう」

「恭太君……」おはようございます、と薫子は小さく続けた。

「大丈夫、嫌な夢でも見た?」

「大丈夫です」薫子は小さく言った。「いい夢ではありませんでしたが」と苦笑する。

「今、何時ですか?」薫子はきょろきょろと辺りを見回した。「まだ七時半過ぎ」と答えると、薫子は「そうですか」と小さく言った。
少しの沈黙を、薫子は「あの」と小さく破った。「恭太君は、どうしてわたしを拾ってくれたんですか?」

拾ったという感覚はないけどと僕は苦笑した。「理由なんてないよ。ただ、公園の近くを通る度に見かける薫子が気になって声を掛けた。薫子に対してできることがありそうだったから家に呼んだ。それだけのことだよ」

「大人って、どうしたらなれるんでしょう」

さあ、と僕は首を傾げた。「どうだろう。大人の定義なんて曖昧なんだ、そんなものに囚われなくてもいいんじゃないかと僕は思うけど」

「経験、ですかね」

「博識であることや、いかなる場面でも適切な判断を下せるというのが大人なら、そうなるには経験も必要な要素だろうね」かく言う僕はそんな存在からはかけ離れてるけどと苦笑する。

どうしたらいいんでしょう、と薫子は項垂れた。お母さんに大人になれと言われたの?――喉元まで出かかった問いを飲み込む。本人の語りたくない事情を無理に聞き出したい癖はない。

いや、違う――。僕は唾を飲んだ。よかったら、と発した声はいささか頼りないものだった。「薫子のこと教えてよ」
ふと、部屋の戸が三度叩かれた。「親愛なる若者よ」と雅美の声が続く。

僕はあぐらを解いて立ち上がり、戸を開けた。やあ、と雅美は笑顔を見せる。不気味、と僕は呟いた。

「朝食どうする?」雅美は言った。

「薫子はなにがいい?」僕は薫子の方を振り返った。「なんでもいいですよ」と彼女は微かに口角を上げる。

「ちょっと」と雅美に腕を指で刺される。いて、と声を漏らしてその箇所を押さえ、「なに」と返す。

「薫ちゃんになにかしたの?」

僕は小さくかぶりを振った。そう、と雅美は興味なさげに頷く。

「薫ちゃん、寒い? 暑い?」

「いえ」快適ですと薫子は笑顔を返した。

「そう……。朝食、お茶漬けにしようと思い立ったんだけど、温かいのと冷たいのどっちがいい?」

「えっと、じゃあ……」温かいので、と薫子は続けた。雅美は「了解」と頷き、「恭太は?」と続ける。

「雅美は?」と返すと、「冷たいの」と返ってきた。「じゃあ温かいの」と答えると、彼女は「なんのために訊いたよ」と苦笑した。

それじゃあしばしお待ちよと残し、雅美は部屋の戸を閉めた。

「なんか、すみません」

僕が布団の方へ戻ると、薫子は小さく言った。「大丈夫だよ」と僕は返す。

「少しくらい子供っぽくたって、困ることも迷惑を掛けることもない」僕は布団を畳みながら言った。畳んだ布団を隅へ置く。

「大人ってたぶん、慌てていてはなれないものだよ」
朝食と着替えを済ませて自室を出ると、居間から聞こえた雅美のくしゃみのあと、薫子が部屋から出てきた。

「桜結びだ」薫子のピンクと黒の紐でできた髪飾りを見て言うと、彼女はこちらを向いてそれに触れた。「雅美さんが作ってくれたんです」と笑顔を見せる。

「そう」と笑顔で返すと、「わたしも手先は器用なのよ」と雅美が居間から出てきた。僕は「その器用さにはお世話様になってます」と眼帯に触れた。

「皆もう行くの?」トシさんの声が言った。

「うん、そろそろね」

「そう」

「おばあちゃん、どうしたの?」

「義雄さんにプレゼントを持って行こうかとね」トシさんは楽しそうに言いながらグラスを流し台に置いた。「外は暑いから」と天然水を注ぐ。

「義雄、もうやってるの?」雅美が言った。

「ええ。早いうちにこうのはなをほっこり処にしたいのだと言っていたわ」トシさんは穏やかに薫子を呼んだ。「素敵な案をありがとうね」と笑顔で続ける。

「とんでもないです」と薫子は手を振った。

「もう長くやっている店だけれど、ほっこり処だなんて愛らしい言葉が付いたら、なんだか新しい店のように思えるね」

さてと、とトシさんは水の色が変わったグラスを手に持った。
店に入ると、僕は薫子にカウンターテーブルの拭き掃除を頼んだ。

僕は座敷に上がり、窓を開けて小壁の辺りを毛ばたきで掃除した。続いて畳を箒で掃き、塵をちりとりに収める。

畳の掃除が済むと、薫子が四枚の布巾を手に上がってきた。

「わたし、あっちからやってきますね」今濡らしてきたやつです、と差し出される布巾を、僕は礼を言って受け取った。

「若いなあ、動きが早い」ぽつりと口に出した。

「恭太はいくつよ」雅美は苦笑した。

「もう二十二だよ」

「あんたもまだまだ若いでしょうが。それで十代の少年少女を若いだなんて言ってたら、嫌味に取られるわよ」

「嫌味じゃない、本心だ」僕は言いながら、箒とちりとりを手に座敷を下りた。

「雅美だって、これくらいの頃思わなかった? いいなあ、十代の人たちは。若いなあ、動けるなあって」

「そんなこと思わないよ。わたしだってそれくらいの頃はちゃんと動けたもの」いや今だって動けますけど、と声を張る雅美を笑う。

「二十二……まだいける?」

「いけるの意味がわからないけど、まだまだこれからよ。むしろそれくらいからが本番じゃない? 人生なんて」

「雅美達は?」

「本番のあとの余韻に浸ってるのよ。で、あと数十年を本番とは違った感じで好き放題過ごしたら、とっ散らかしたもの達を片付けながら、いろんなことがあったなあと本番とその続きを思い出すの。そして残りは穏やかに過ごす」

ふふっと笑う雅美へ、「かっこいいこと言ったとか思ってるでしょ」と笑い返す。

「まあとにかく、二十二歳だなんてまだ成長途中みたいなものよ」

僕は「へえ」と返し、ちりとりの中身をごみ箱へ入れ、ロッカーへ掃除用具をしまった。